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August 2012


チャールズ・ブロンソンよ永遠に – マグナム炸裂!銃規制なんか知るか!70年代バイオレンス映画のハードコア過ぎる男

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チャールズ・ブロンソンよ永遠に – マグナム炸裂!銃規制なんか知るか!70年代バイオレンス映画のハードコア過ぎる男


遂に、その凶悪さはニューヨークを抜き、ロサンゼルスは「レイプシティ」に姿を変えた。— 警察はもう、あてにできない —

今日8月30日は、われらがチャールズ・ブロンソンの命日。

いつも寡黙でしかめっ面、ポケットにはバカでかい銃をしのばせ、悪党と見れば容赦なく撃ちまくるブルドック顔に口ひげのオッサン、チャールズ・ブロンソン。

ブロンソン映画の悪党たちはありえないくらい残虐でクレイジー。そんなやつらに法律は不要。悪いヤツらはブロンソンがひとり残らずぶっ殺す。

時にブルー・スリー並みの肉体を見せ付けながら、素手で悪党たちを殴り倒す肉体派でもあるブロンソン。同時代にありながらクリント・イーストウッド演じるハリー・キャラハン刑事とはひと味もふた味も異なる、ドロ臭~い男の魅力が漂う。

このブロンソン、実は日本とは切っても切れない深い縁があり、大の親日家だったことでも知られる。

第二次世界大戦中は自ら志願して陸軍航空隊に所属していたため、B-29爆撃機の機銃手として東京大空襲に参加した過去があるが、戦後、ロサンゼルス近郊のパサデナプレイハウスで演技の勉強をはじめ、1951年の映画デビュー。

『七人の侍』のハリウッド版リメイクである映画『荒野の七人』や、三船敏郎が自らハリウッドに企画を持ちかけて実現した映画『レッド・サン』にも出演し、日本でも大きな人気を博した。

その後、ハリウッドスターをCMに起用する流れの先駆けとなった男性化粧品「マンダム」のテレビCMに出演、あの渋い顔で「う~ん、マンダム」と言う台詞は、当時日本中で大流行した。あの『北斗の拳』の原作者である武論尊(ぶろんそん)の名も、チャールズ・ブロンソンに由来している通り、日本にも隠れファンは多い。

数々の名作に出演したチャールズ・ブロンソンだが、今回は、その第二弾に『ロサンゼルス』という邦題が付けられた『DEATH WISH』シリーズをご紹介。

このシリーズは『大脱走』以降、ヨーロッパやアジアで人気があったものの、実はアメリカ国内ではまだ知名度が低かったブロンソンにとって、その後を左右する大きな分岐点となった作品であり、彼の魅力が余すとこなく詰め込まれている。

簡単にストーリーを説明すると、主人公は設計技師のポール・カージー。ニューヨークで妻と娘と三人で幸せに暮らしていたが、ある日強盗が入り、娘はレイプされ、妻は殺害されてしまう。しかし無能な警察は犯人を捕まえることが出来ない。そんな矢先、銃マニアの不動産屋と仕事をするために南部に出張したカージーは、たまたま映画館で観た西部劇の劇中で、保安官を失った町の市民が銃を持って自ら犯罪者に立ち向かうストーリーを見て感銘を受ける。出張の帰り際に不動産屋にプレゼントされた回転式拳銃コルト・ポリスポジティブを片手に、カージーは夜な夜なニューヨークの街を歩き回り、娘と妻の仇である悪党どもを、自らの手でぶっ殺しまくる。

以上が第一作目の大まかな内容だが、いま見るとモラル的にありえない話ばかりでちょっと笑える。刑事でも警察でもない一般市民が、悪党とはいえ生身の人間をこれでもかこれでもかと、虫けらのように次から次へと殺しまくるのだ。そんな有無を言わさない銃殺シーンを正当化するために、悪党には、残虐な殺人やレイプなど、見るものを震え上がらせるような徹底的な悪事をさせる。


DEATH WISH 1 『狼よさらば』(1974年)

この一作目が大ヒットすると、作り手としてはもっと「悪党を銃でぶっ殺す」シーンが欲しいから、その設定も次第に無理矢理になっていくのだ。第二作品目では、平穏な生活を求めて引っ越したロサンゼルスで、なぜか娘がまたもレイプされる。どんだけエロエロで無防備な娘なのかと親の教育を疑ってしまうが、そんなことはお構いなし。再び怒りのブロンソンは、ロサンゼルスの街を夜な夜な歩き回り、悪党たちを次から次へとぶっ殺しまくるのだ。


DEATH WISH 2 『ロサンゼルス』(1982年)

第三作目になると、この『ロサンゼルス』で娘と恋人を殺害されたカージーは再びニューヨークに戻り、訪ねた親友がストリートギャングに殺害されているのを発見。友人を殺害した容疑をかけられたカージーは警察に連行されるも、警察から、釈放する代わりにギャングたちの粛清を命じられる。第三作以降のカージーは「警察も認めたプロの自警団員」として、無法地帯と化した街で、心おきなく悪党をぶっ殺しまくれる設定が設けられているのだ。しかも、カージーが使用する武器もシリーズを追うごとに、マシンガンやバズーカ、ランチャーなど、次第に強力なモノへとエスカレートしていく。

これってまさに、巨大な軍需産業を抱えるアメリカという国が、無理矢理に「敵」を見つけては、イラク戦争のように国連決議も無視して、正当な理由も証拠もなく、自らの正義の名の下に、公共事業の一環の様に戦争を繰り返してきた歴史とどこかかぶるものがある。ブロンソンは、多くの映画で自警団員を演じるが、その様は、秘密結社KKKに通じるものがある。

実際にこの映画が公開した当時、アメリカ国内では「大切な家族を殺した悪党相手なら問答無用にぶっ殺す」「犯罪者たちをみつけ次第、有無を言わさず容赦なくぶっ殺す」「法律が裁けないならどんな悪党でも銃を使ってぶっ殺す」というのが果たして正義なのか、それとも単なる殺人なのかどうなのか、という大きな論題をアメリカ社会に投げかけた作品としても話題を呼んだ。


DEATH WISH 3 『スーパー・マグナム』(1985年)

そういう意味では「DEATH WISH」シリーズには、銃社会アメリカが抱える問題点が凝縮されている。銃の使用を正当化するための度が過ぎる勧善懲悪ストーリーや、当時ガンマニアたちを唸らせた数々の銃器の登場は、ダーティーハリーの人気で、マグナム44の生産が追いつかなくなった例と同様に、アメリカの銃社会を助長した作品のひとつと言える。しかも、カージーが、通信販売で購入した新品の銃をかなり時間をかけて紹介したりするあたりは、映画全体が実は、銃の通信販売CMなのではないかというほどで、その銃が欲しくなるような男心のくすぐりっぷり、買いたくなるガンマニアの心理も分からなくもなくなってくる。当時の邦題なんて、もろに銃の名前をタイトルにしている。ちょっと怖いことにこれらの銃は現在でも、通販で$400~$800ドルくらいで購入可能なのだ。…

L.A. Light 第2弾 – Night Fall

以前ご紹介した「LA Light」のクリエイター、コリン・リッチより、「LA Light」の第二弾が先日発表された。「Night Fall」と題された今回の作品には、BGMにフランスのバンドM83の「Echoes of Mine」を起用。ロサンゼルスの景色が昼から夜に移り行く「Night Fall」を今回も気が遠くなるような時間と手間と制作費をかけて作られた。前作「LA Light」と同じく約3分の間に収められているが、前作よりもロケーションも増え、よりダイナミックにパワーアップした感がある。前作同様、みなれたロサンゼルスの景色たちが、圧倒的な美しさで蘇える「LA Light」第二弾の「Night Fall」。今回も必見です。

コリン・リッチによる撮影の様子はこんな感じ。



Frickr Page by Colin Rich

ロサンゼルスで一番うまいラーメン屋をこっそり教えます。

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ロサンゼルスで一番うまいラーメン屋をこっそり教えます。

朝7時から10時間~14時間をかけてじっくりと煮込んだこだわりのとんこつスープに、コシのある縮れ太麺と、やわらかくて肉厚のチャーシュー。「チャーシューはこの部分が一番美味いんだよ」と言いながら、オヤジが、ほんのり炭の香りが残るみみちゃー(チャーシューを切り分けたあとに残るはじっこの分厚くて味の濃い部分。切り落とし。)をエクストラで足してくれる。

開店当時色々なメニューを試行錯誤していたオヤジが、オレの好みに合わせて考えてくれた「オレ専用ラーメン」。

このラーメンを食べるために、開店以来約三年、週に一度、ベニスビーチの自宅から約1時間近くかけて通っている。そのあいだ、他の誰かからこのラーメン屋の名前を聞いたことはない。でも「LAで一番おいしいラーメン屋は?」と聞かれれば、この店の名前を出してきた。

いまロサンゼルスはラーメンブームだけど、麺の茹で加減も知らないのに「オアジノホウハ?」なんて日本語はしっかり覚えたアメリカ人が厨房にいたり、一口目は美味く感じても食べ終わりにはげんなりしてしまうような店だったり、ひと昔前に東京で流行った店の劣化版だったり、開店時の評判がよくても時間が経つとともに味も落ちていったり…。

だから開店以来三年経ってもここがオレのホーム。

今では夜になると地元の外国人で満員になり、待ちの客が店の外にまで溢れる。こんなに美味いラーメンを日本人が食べられないなんて…と思っていたら、めでたいことに二店舗目をオープンするという話を聞いたのが半年前。

そして約二ヶ月前、アルカディアに新店舗がめでたくオープンした。新店舗はディンタイフォンから2ブロックほどの場所。遠いとはいえ一店舗目よりは日本人にも馴染みのある地域。そして、こちらの二軒目には「オレ専用ラーメン」もメニューに組み込まれたようだ。
いまではオヤジは大忙しの二店舗目につきっきり。引き続き大忙しの一店舗目はオヤジのお姉さん夫婦が引き継いでいる。ちょっと豪快な感じの奥さんとは対照的に穏やかで優しそうな旦那さんが、義理の兄にあたるオヤジの味をしっかり引き継いでいる。

しょうゆ、しお、とんこつ、ミソをはじめ、坦々麺や沖縄そばまで、ぜんぶ美味い。外国人客だらけの店でひたすら頑張るオヤジは、日本人が食べに行けばきっと喜ぶと思うので、是非一度お試しあれ。

ところでオヤジは、映画『スターウォーズ』シリーズのヨーダに似ている。というか、たぶんヨーダ。このラーメンもフォースで作ってる。

MAY THE BROTH BE WITH YOU

Ramen Yukinoya
1423 S Baldwin Ave
Arcadia, CA 91007
(626) 821-0901…

マリブビーチでペリカンを食べようとした男が逮捕!

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マリブビーチでペリカンを食べようとした男が逮捕!

8月22日水曜日夕方5時50分頃、「マリブの桟橋で素手でペリカンの首を絞め殺している男がいる」との報告を受けた保安官のロバート・ウィアードが桟橋に駆けつけると、その男セルジオ・アルバレズ(30歳・短期労働者・ホームレス)の横にペリカンが横たわっていた。

ウィアード保安官が、アルバレズに事情を聞くと彼はこう答えた。「腹が減ってたんだよ。ここ何日もまったく魚が釣れなかったんだ。でもオレが見つけたとき、もうペリカンは死んでたんだぜ。だから食べようと思っただけだって。」しかし、ウィアード保安官が駆けつけたときまだペリカンは息があったようで、苦しんで羽をばたつかせて、目の前でぐったりと死んでしまったのだそうだ。

ウィアード保安官は、アルバレズを動物虐待の罪でその場で逮捕するも、アルバレズは無罪を主張しているという。犠牲となったブラウンペリカンは、国際自然保護連合(IUCN)が定める絶滅危惧IB類に指定されていたのが、最近になってようやく「絶滅の危機」枠から外された。しかし、カリフォルニア州では、ブラウンペリカンはまだ完全な保護下にあるという。

カリフォルニア州の完全な保護下にありながらこんな死に方をしてしまい、とっても哀れなブラウンペリカンではあるが、毎日マリブの桟橋で釣った魚を食べて生活していたアルバレズもかなり哀れではある。マリブのような金持ちばかり住む地域で、ひとり縄文人のような暮らしをしていたのだろうか。見た目も縄文人のようで、マグショットの笑顔もどこか憎めない気もする。

でもペリカンは食べちゃだめだ。


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恐怖のゾンビたちが再びお茶の間に – THE WALKING DEAD SEASON 3

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恐怖のゾンビたちが再びお茶の間に – THE WALKING DEAD SEASON 3

躊躇なし!容赦なし!モラルなし!
小気味いいほどえげつなし!

目を覆うヒマもなく、いきなり目の前でゾンビの頭が撃ち抜かれ、画面いっぱいに脳ミソと肉片が飛び散る。追い詰められて身動きもとれずに助けを求める人間が、生きたままその顔をゾンビに齧(かじ)られて泣き叫ぶ。そんなえげつないゾンビバトルもさることながら、惨憺たる地獄絵図を必死に生き抜こうとする生存者たちの深層心理を抉り出す人間ドラマが見ものの傑作スリラー「THE WALKING DEAD」(ウォーキングデッド)

アメリカ人のゾンビ&ヴァンパイアへの狂信的な愛に辟易しているあなたでも、こればっかりは一度見たら病み付き。どっぷりハマってしまいます。あの大人気ドラマ「LOST」のゾンビ版と言えば分かりやすいでしょうか。単なるゾンビものとたかをくくってはいけません。これがもうとにかく面白い。

銃弾に倒れて瀕死の重傷を負った主人公の保安官が病院のベッドで目を覚ますと、院内に人の気配はない。足元もおぼつかないままふらふらと外に出ると、街は廃墟と化していて、ひとっこひとりいない…それどころかシートに覆われた何百何千人もの無数の死体が整然と並べられている…という「28 DAYS LATER」以降よくみる例の展開で、この世紀末ゾンビバトルははじまる。


Copyright conditions – AMCTV.COM Photo by Gene Page

「LOST」が、無人島に墜落した飛行機の生存者たちのサバイバル劇で、南の島のリゾート感にときおりホッとできる場面があったのと比べれば、こちらはそんなに甘くない。いつどこから飛び掛ってくるかも分からないゾンビに襲われる恐怖感と緊張感が、ドラマ全体の切迫したテンションを底上げしている。明日の命どころか十分後の命も危ぶまれる、殺(や)るか殺られるかのサバイバル生活は、いつしか人間たちの絆や信頼関係をも壊していく。極限まで追い詰められた人間という生き物の姿は、もしかしたらゾンビよりもはるかに醜いのではないか、とさえ思わせるエピソードの数々は、とても他人事とは思えないリアリティあふれる。

シーズン2までの登場人物の核をなすのは、主人公の保安官リックとそのバディであるシェーン、そしてリックの妻ローリ。リックが銃弾に倒れて死んだと聞かされていた妻ローリは、ゾンビたちからの逃亡生活の中で、いつしか「亡き夫」の親友であるシェーンに身も心もゆだねていた。そこへ死んだはずのリックが現れる。ゾンビモノと見せかけて、実は「横取りシェーンと寝取られリックと尻軽ローリ」の壮絶な愛憎劇でもある。この三人を取り巻くようにして、様々な登場人物たちの人間模様が交錯する。その人間ドラマっぷりは、これがゾンビものであることを忘れさせるほどで、キャラクターの濃い登場人物たちを、これまたイイ女たちとイイ男たちが好演する。

そしてこの作品を手掛けるのが実は超のつく大物たち。製作総指揮に『ターミネーター』『エイリアン2』のプロデューサーであるゲイル・アン・ハード。発案と監督はフランク・ダラボン。IMDBの人気映画投票において『ゴッドファーザー』『パルプフィクション』『12人の怒れる男たち』を押さえ、2位以下を20万票も突き放し、80万票を獲得して堂々のトップに輝くあの『ショーシャンクの空に』の監督なのだ。

さらに脚本家としても『エルム街の悪夢3』『ザ・フライ2 二世誕生』『プライベートライアン』『グリーンマイル』『スターウォーズエピソード2』『インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国』を手掛け、ジョージ・ルーカスさえも叱り飛ばした巨匠中の巨匠。

「エルム街の悪夢」「プライベートライアン」「ショーシャンクの空に」とくれば、これがただのゾンビものでないことは明らか。面白くない訳がない。実際、シーズン2は、2011年のエミー賞とゴールデングローブ賞の両方にノミネートされるという快挙を果たした。

ちなみに今年3月にロサンゼルスで行われ、世界40カ国が参加した『ウォーキング・デッド シーズン3 ゾンビ役出演権獲得オーディション』で見事優勝したのが日本人女性。彼女が誰に、どんなブッ飛んだ殺され方をするのかもシーズン3の見どころのひとつかも。

というわけで『THE …

普通にうまいラーメンとちょっとエロい醤油 – 時代家 JIDAIYA

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普通にうまいラーメンとちょっとエロい醤油 – 時代家 JIDAIYA




昭和な雰囲気たっぷりのラーメン屋「時代家」。トーランスの焼き鳥屋さん「TORIHEI」がオープンしたこの店。うまいです。「ごく普通にうまい」です。ロサンゼルスには、この「普通にうまい」がなかなかないですよね。

時代家のイイところは、月曜日から日曜日まで毎日朝の11時から夜の11時まで通しでやってること。そして、人気の焼き鳥屋が運営しているだけあって、丼モノなどのサイドメニューもうまい。さらに可愛い店員さんもいる。その可愛い店員さんをナンパして玉砕している日本人のおっさんもいる。

「彼氏がいるんで」っていってるのに、空気読まないそのおっさんは「明日は何してるの?」って…。「たぶん何かあったと思います。」と笑顔で答える店員さん。ナンパ男を冷たくあしらったりせずに笑顔で対応する店員さん。教育が行き届いています。お店も広々して清潔感あり。オススメです。

余談ですが、店内にあった「キッコーナン醤油」の看板(四枚目写真左上の黄色い看板)。「キッコーマン」なら知ってるけど「キッコーナン」。「亀甲縛り」の「亀の甲」の中に「南」の文字が入ったマーク。そのマークを持った女の子のスカートをめくってニヤニヤしているパンダと、女の子のパンツのぞいてはしゃいでいる犬。しかもこの少女、網タイツ。なんなんでしょうか。こんな面白い醤油が野放しにされていて良いのでしょうか。そんな「キッコーナン醤油」は秋田の醤油だそうです。一度飲んでみたいですね。

JIDAIYA
18537 S Western Ave
Gardena, CA 90248
Mon-Sun 11:30am-11:00pm…

美味しくなったディンタイフォン DIN TAI FUNG

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美味しくなったディンタイフォン DIN TAI FUNG







ニューヨーク・タイムズ紙が「世界の10大レストラン」に選出した「ディンタイフォン」には、アメリカンドリームにも勝るサクセスストーリーがある。

1948年、中国は山西省出身のヤンさんが国民党軍を除隊して、上海から台北に渡ったのは21歳。その時、無一文だったヤンさん。「フェンタイフォン」という食用油の店で配達のアルバイトをはじめると、オーナーにその勤勉さを買われてレジを任される。そこで経営の知識まで身に付けていくも、オーナーが事業に失敗し、自らも職を失う。一念発起したヤンさんは「フェンタイフォン」で知り合って結婚した奥さんと油問屋を開業。自分を育ててくれたオーナーをリスペクトして「ディンタイフォン」と名づける。

でも缶入りサラダ油が世に出回ると店は大打撃を受けてしまう。それでも諦めなかったヤンさん。売り上げが落ち込んだときに店の傍らではじめた小籠包が地元民のあいだで評判となり、ヤンさんの温かいもてなし心も相俟って、「ディンタイフォン」は小籠包の専業食堂としてまたたくまに、台湾で知らないひとがいないまでに成長した。その評判は海を越えて広がり、90年代に入ってアメリカのニューヨーク・タイムズ紙が「ディンタイフォン」を「世界の10大レストラン」に選出すると、世界各国から観光客が訪れるようになり、ロサンゼルスと東京を皮切りに、今では世界各国に店舗を持つにまでなった。

こんな絵に描いたような「RAGS-TO-RICHES」なストーリーが熱過ぎる「ディンタイフォン」。実はその世界各国の店舗が目指すのが、台北本店の味に近づけることと言われるほど、台北本店は神レベルの美味しさだという。そんな中、ロサンゼルス店は、ここ数年、明らかに味が落ちていたと思う。ボクは、こちらの日本食屋さんでもよく見かける、日本人にも負けず劣らず勤勉な、ヤンさんのようなメキシカンたちが好きなので、「ディンタイフォン」のあのガラス張りの厨房の中で大勢で生地を捏ねて皮を作っていた彼らを否定したくはない。でも最後に来店したときは、なんだか粉っぽくて分厚くてパサパサした小籠包の皮や、中身の具もジューシーさに欠けた雑な味にガッカリし、以来足が遠のいてしまった。

でも、先日、なんとなくイイ予感がして、ひさしぶりに「ディンタイフォン」に行くことに。すると、メキシカンで埋まっていたあのガラス張りの厨房にわずかふたりの台湾人と思しき老人が。彼らは「キノウ台北カラ、ヤッテキタアルヨ」と言わんばかりの、およそLAに住んでいるとは思えないオーラを放ち、メキシカンたちとは似ても似つかない熟練の職人技で皮を捏ねていた。そして予想通り、今回の「ディンタイフォン」エクスペリエンスは、全てにおいて大満足。あのてっぺんに向けて美しく皮が捻れた小籠包の繊細でふわふわ&ジューシーな感じが復活し、微妙にパサパサだったチャーハンも、麺やスープの味もパーフェクト。

台北本店の味にどこまで近づいたのかは謎だけど、台北に行く旅費を考えたら、間違いなくこっちの方が安い。そして「ディンタイフォン」に行った時にオススメなのが、「お土産デザート」に買って帰るあんまんと黒ゴマまん。このあんまんたちが、まあびっくりするくらいキレイなまんまる。于右任直筆の「鼎泰豐」の文字があしらわれたお持ち帰り様のケースとバッグのデザインもちょっとイイ。

というわけで、美味しくなった「ディンタイフォン」で、ヤンさんスピリットを感じながら、ふわふわ&ジューシーな小籠包を是非。


鼎泰豐 Din Tai Fung
1108 S Baldwin Ave
Arcadia, CA 91007…

北海道ラーメン「追風丸」RAMEN HAYATEMARU

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北海道ラーメン「追風丸」RAMEN HAYATEMARU

少し落ち着いてきた感のあるL.A.のラーメンブーム。まだまだ新規のお店がオープンしてますが、今回はちょっと前にトーランスにオープンした北海道ラーメン「追風丸」に行ってきました。オープン時の混雑は落ち着き店内は白人女性4人組がテーブル席、白人男性と日本人男性がそれぞれカウンターで昼食中。

自分がオーダーしたのは赤みそラーメンと餃子。定員の女の子の接客は丁寧で好感が持てたがまだ慣れていない様子。客が少ないにも関わらず食事がなかなか出てこないのでチェックがてら店内を簡単に見回す。オープン仕立てで清潔感はもちろん、スペースも割と広く居心地は悪くない。インテリアは特に日本色を出してるわけではなくモダン的というかアメリカンダイナーのお店としてもそのままいけそう。


Photo by
Anne Fishbein

もったいないと思ったのはカウンターの奥にあるキッチンが壁に遮られて見えないこと。オープンキッチンはそれ自体がエンターテイメントになるし、アメリカではまだまだ「新しい食べ物」なラーメンをお客により知ってもらうチャンスなのに…。まぁ予算など色々都合もあるんだろう。

本題のラーメンはコッテリスープに弾力のある縮れ麺。北海道と唱っているのでバターとコーンが合う典型的な味噌ラーメンを期待していたが、L.A.のラーメンブームに乗るためか、アメリカ人が好む鶏ガラが強めの濃い味スープ。具はチャーシュー、タケノコ、海苔、青ネギにエキストラで味付け卵。チャーシューの薄さと味付け卵がほぼ湯で上がってたのが少し残念。

ラーメンより遅れてやってきた餃子は一般的な醤油&酢のタレと甘ダレの2種類付き。皮はこれぞラーメン屋の餃子と云うべき、焼き面はカリカリで他の部分はふんわり且つしっとり。タネの方も豚挽肉とニラのバランス、味付け共に日本人好み。ただ具が少なめで皮との間に空間が出来て崩れやすいのが唯一の難点。ここの餃子はそういうものなのか?たまたま具が少なかったのか?

ラーメンの種類が多めで他の丼物などもあるので次回試してみることにしよう。ブームが落ち着き、これからはシビアになっていくであろうL.A.のラーメンシーン。北海道ラーメン「追風丸」は今後どの位置付けを築くのか楽しみだ。

Ramen Hayatemaru
1644 W Carson St
Torrance, CA 90501
(310) 212-0055

LA WEEKLY – Ramen Hayatemaru: In Search of the Perfect Noodle
Ramen Hayatemaru Facebook Page

AI “INDEPENDENT” TOUR in L.A. at CLUB NOKIA

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AI “INDEPENDENT” TOUR in L.A. at CLUB NOKIA









L.A生まれ。鹿児島育ち。ゴスペルクワイアーで鍛えた本格的な歌唱力。L.A.生まれの完璧なバイリンガル。英語でラップもできてしまうストリート感覚。L.A.のアートスクールで学んだダンスのセンス。ソウル、R&B、ヒップホップ、ダンスと全要素を横断するヒップホップソウルの女王シンガー、それがAIだ。

世界規模で記憶に刻まれる出来事が頻発した2011年。“君が笑えば すべてが良くなる”と、AIが発信した心のメッセージ「ハピネス」は、そのポジティブな歌詞と親しみやすいメロディーで大きな話題と共感を呼び、各種チャートでトップを飾るなど名実共にこの冬を代表する大ヒット・シングルとなった。

そして2012年。自身のセカンド・フェーズの幕開けに相応しいニューアルバムに冠したタイトルは「INDEPENDENT」。時代のキーワードとして選んだこのタイトル通り、自立と責任を伴ったセルフ・プロデューサーとしてAIはLA-NYC-TKOと3つの都市を往復。7ヶ月間に渡るレコーディング期間を経て完成したAI通算9枚目となるオリジナル・アルバムでは、日米のサウンド・クリエーター陣と共に自身が追い求めたチャレンジを散りばめ、唯一無二のスタイルを確立させた。

全10曲で構成されたこのアルバム。“Letter~”では敬愛するマイケル・ジャクソンという存在を通じて大切な人への想いを、その兄弟であるジャクソンズと共に綴り、“ハピネス”では笑顔が創り出す幸せの形を提唱。コミック界のモンスター作品である「ベルセルク」の映画エンディング“ウツクシキモノ” では、作品のスピンアウト・ストーリーの如き主人公の心象風景を描き出し、“One Love”においては森永製菓の<1チョコfor1スマイル・キャンペーン>に感銘し、ダウンロード売上金の一部をカカオの国の子どもたち支援に寄付する展開も行うなど、内容&行動でもバリエーションに富んだ作品となっている。そして力強くしなやかな現在進行形のAIを象徴する“INDEPENDENT WOMAN”。聴く者の心を鼓舞し、元気と勇気を与えてくれるこの曲をタイトルチューンとして、国境をクロスオーバーして活躍するAIのニューアルバムが遂にリリースとなる!

「みんなのサポートのお陰で10年やってこれた。感謝してもしきれない。でもまだまだ本当に通過点。だって私の夢はグラミー賞だから。」と公言する日本を代表するシンガーAIの快進撃は、いよいよアジア、そして世界へと羽ばたき、新たなるフェーズの幕開けとなる。

7ヶ月間に渡るレコーディング期間を経て完成した. AI通算9枚目となるオリジナル・アルバム”INDEPENDENT”を引っさげ. ロサンゼルスで今最も人気のあるダウンタウンLALIVEのライブ会場. ”CLUB NOKIA”にて一夜限りのコンサートを開催します。

8月24日ロサンゼルスクラブノキアで待望のスペシャルライブ!
開場/開演 | 18:00/19:00 | ALL AGES
前売りチケット:$44.50 ~ $104.50
前売りチケットは、TICKETMASTERのほか紀伊国屋全店、MAX KARAOKE全店でも絶賛発売中!

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AI “INDEPENDENT” TOUR IN LA
AUGUST 24TH 2012…

ジャパラマガジン終戦記念スペシャル – 8月15日 終戦記念日と 8月14日 VJ-DAY

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ジャパラマガジン終戦記念スペシャル – 8月15日 終戦記念日と 8月14日 VJ-DAY


日本降伏と第二次世界大戦終結を伝えるSAIPAN BEACONの号外

ムカつきますが、今はアメリカに住んでいるので、あえて「終戦日」を客観的に見てみた。

日本での終戦記念日1945年8月15日は、アメリカ時間では1945年8月14日。日本がポツダム宣言を受諾したこの日8月14日及び、東京湾に錨をおろした戦艦ミズーリ上で日本が降伏文書に正式に調印した9月2日をアメリカでは「VJ-Day」と呼ぶ。これは「ビクトリー・オーバー・ジャパン(Victory-Over-Japan-Day)」の略。日本語で言えば「対日戦勝記念日」。「VJ-Day」とは、アメリカ、フランスをはじめとする連合国にとって、第二次世界大戦・太平洋戦争が終結したとされる日。(イギリスは8月15日をVJ-DAYとしている。)

下記はアメリカ中央情報局(CIA)が公開している、終戦直前に日本人に対して撒かれた「生命を助けるビラ」。

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此のビラを持っているものは、戦いを止めたものです。
国際法によって良い取り扱いをせよ。直ぐ上官の前に案内せよ。


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<生命を助けるビラ>

一、此のビラに書いてある方法通りにする人は、アメリカ軍が必ず助けます。

二、そして国際法によって良い取り扱い、食べ物、着物、煙草、手当てなどを与えます。


<此のビラの使い方>

一、両手を上に高く挙げて このビラの他には何ももたないでアメリカ軍の方へゆっくりと進んできなさい。

二、大勢一緒ではなく、一人づつ来なさい。

三、男はふんどしもしくは猿股だけを着け、女は自分の着ている着物で宜しい。すぐ必要な着物をあげます。

四、夜間は絶対にアメリカ軍のところへ来てはいけません。

五、此のビラは軍人軍属も一般人民も朝鮮人も誰でも使えます。…

キタナマズイ店 第一弾「北朝鮮居酒屋」in コリアタウン

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キタナマズイ店 第一弾「北朝鮮居酒屋」in コリアタウン

記念すべき「キタナマズイ店 in ロサンゼルス」第一弾は、いまは亡き北の独裁者・金正日(キム・ジョンイル)が看板になっている知る人ぞ知る通称「北朝鮮居酒屋」もしくは「居酒屋テポドン」。異国情緒溢れる店内はちょっとオバケ屋敷のような雰囲気。この雰囲気を味わうためだけに遠方から訪れるお客さんも多いとか。

深夜0時だというのに人妻らしき女性が二人。コリアタウンの場末風飲み屋のいいところは、深夜になっても明らかにナンパ待ちの女性たちがたくさんいること。さらに、愛煙家なら店内で何本でもタバコを吸えること。そしてお店のおばちゃんたちが優しいこと。

日本でも「新横浜ラーメン博物館」(いまは「ラー博」と呼ぶらしい)あたりから始まった「昭和回帰」な内装がこちらでも人気のようで、コリアタウン版昭和臭がぷんぷん。と思ったら、ぷんぷん臭っているのは奥のトイレ。

落ち着いた照明が、カップルたちのセクシーな夜を演出。必要最低限の電力でエコにも配慮。

店の真ん中にある厨房では、おばちゃんたちがもくもくと働き、まったくお客さんの方を気遣う気配もない。そんなおばちゃんたちのマイペースな感じがグッド。

壁といい、テーブルといい、店中ラクガキだらけ。天井から吊るされた電気の傘も、永遠の愛を誓うカップルたちのメッセージでいっぱい。ベッキーさんも来店したようです。

メニューが読めない方は店員さんを呼びましょう。各メニューの値段自体はとても安いので胃腸が丈夫な学生にはもってこい。

頼んでから待つこと5分。やっと来たビールがぬるい。店内にあるヤカンはなぜか全てベコベコ。フタには取っ手が付いてない。壊すけど、壊れても捨てない精神は見習いたいところ。

この店一番の人気メニュー揚げ餃子「テポドン」(仮名)

この店二番の目に人気のメニュー串焼き5本セット「ジョンイル」(仮名)


この外見で分かる方はもうすっかりL.A.通ですね。「北朝鮮居酒屋」と呼んではみたものの実態はよく分かりません。ただ、店の看板の左側には金正日(キムジョンイル)、右には盧泰愚(ノテウ)大統領。二人が向かいあって微笑んでいます。南北コリアの友好を願っているようで平和LOVEな感じはいいですね。その看板の下では、ハリウッド映画好きの金正日が愛してやまなかったというマリリン・モンローがお出迎え。

というわけで、この店で一番美味しいのは、市販のまま食べられる「辛ラーメン」だという噂もありますが、ベロベロに酔っ払ったあと、他の店が開いていない深夜にタバコを吸いながらhiteとマッコリで3次会をやるには超オススメ。リアルな店名と場所が知りたい方は誰かに聞いてみてください。

L.A.にいる間に一度は体験して欲しい キタナマズイ店 第一弾。いかがでしたでしょうか?二回目があるかどうか分かりませんが、最後に、北朝鮮がちょっと好きになる動画をどうぞ。

ジャパラ終戦記念スペシャル – 広島・長崎原爆投下 – 「なあ、ヒロシマとナガサキと… 原爆で日本人は何人亡くなったんだ?」

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ジャパラ終戦記念スペシャル – 広島・長崎原爆投下 – 「なあ、ヒロシマとナガサキと… 原爆で日本人は何人亡くなったんだ?」

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1945年8月6日 広島市 原爆投下前(上) 原爆投下後(下)

1945年8月9日 長崎市 原爆投下前(上) 原爆投下後(下)

もう10年も前になるけど、はじめてアメリカに来た頃、ボクは、世界中からバックパッカーが集まるユースホステルと呼ばれる共同宿泊施設に滞在していた。一泊だけの利用者も多い中で一週間も滞在していると、自然と10人前後のグループが出来ていた。日本人のボク以外は、スウェーデン人、トルコ人、イスラエル人、ドイツ人、スイス人、ブラジル人、グアテマラ人…それまでお互いまったく接点のない、そこで知り合ったばかりの、いつまで続くかも分からない仲間だったけど、毎日何が起きるか分からない楽しさでいっぱいだった。

そんなボクら全員にとって英語はセカンドランゲージ。誰もまだ英語を流暢に話せない中で、共通の話題となると一番に挙がるのがなぜか「ドラゴンボール」。彼らはいつも「ドラゴンボールZ」や「母を訪ねて三千里」「おしん」といった日本の古いアニメやドラマの話で盛り上がっていた。また、どういうわけか、90年代初期の日本のプロレス団体「UWFインターナショナル」「リングス」なども人気だった。はじめて会った外国人の若者の口から「タカダ(高田延彦)」「マエダ(前田明)」「ヤマザキ(山崎一夫)」「コシナカ(越中詩郎)」なんていう日本のプロレスラーの名前が出てきたときはかなり驚いた。(90年代当時、UWFインターナショナルは「BUSHIDO」の名で海外でもテレビ放映され、イスラエルにも招聘されて興行をしている。)そして日本の話をするときの彼らの目の輝きが、彼らがどれだけ日本を好きなのかを物語っていた。日本のアニメやプロレス番組を見るために、放課後は一目散に家に走って帰ったなんていう話を何度もボクに話す彼らの様子はまるで、自分の国が一番日本を好きだと自慢し合っているようだった。そして彼らは口を揃えて、日本に行ってみたいといってくれた。

それは海外で生活しはじめたボクが、自分が生まれた国「日本」を、母国としてはじめて意識したと同時に、どこか誇らしく思えた最初の出来事だった。

そんなある日、イスラエル人とトルコ人が激しい口論をはじめた。最初はいつもの悪ノリかと思ったけど、二人の顔はそれまで見たこともないような真剣な表情だった。それは昨日までドラゴンボールやプロレスの話で和気藹々と盛り上がっていた二人ではなくて、何かにとりつかれているようにさえ見えるくらいお互いに敵意を剥き出しにした目だった。

それまで日本でどっぷり平和に浸かって暮らしてきたボクには、彼らの出身国が敵対関係にあったことなんて知る由もなかった。そして他の仲間たちが揃ってボクに事情を説明してくれたとき、実はボク以外の全員が、それぞれの母国で兵役を終えてからアメリカに来ていたことを知った。彼らは、まるで大学時代に部活に入っていたかどうかを語るくらいの調子で自分たちの兵役時代を語りあっていた。そしてその口論をしていた二人の出身国が敵対していることは、その仲間の中で、ある意味触れてはいけないタブーのようなものだったことを、ボク以外の全員が知っていた。

その言い争いの当事者だったイスラエル人はいつも自分をドラゴンボールの「悟空」にたとえ、単に彼より言葉数の少なかったボクを、ちょっとミステリアスでニヒルなキャラクター(?)の「セル」にたとえるのが好きだった。モノマネが上手で、いつもとても陽気だった彼。誰に教わったのか、当時日本で流行していたスマップの香取慎吾の「おっはー!」というやつを、日本人観光客の女性を見つけるたびにやっていた。なかなかイケメンだった彼がスレ違いざまにいきなりそんなことをやるもんだから、日本人の観光客の女の子たちもキャーキャーはしゃぐし、面白がってすぐに彼と友達になっていた。そんな様子を見ているのがボクも楽しかったし、そのイスラエル人とは二人でもよく出かける仲になっていた。

そんな風に陽気でちょっとプライドも高い自信家な彼が、ある晩ホステルの中庭で元気なくうなだれていたので声をかけると、堰を切ったように涙を流しながらボクに話しはじめた。それはまるで過去の罪を告白するかのような口調と、自分にはどうしようもない、何かとてつもなく大きなものに対する怒りが入り混ざったような口調だった。

「(イスラエルで兵役に従事してたときの演習で)自分は大砲の弾を込める係りだったんだ。ターゲットに命中したかどうかは肉眼では見えないから赤外線スコープで確かめるんだよ。ゲームみたいだろ。でもゲームなんかよりよっぽど簡単さ。目をつぶってたって当たる。でも、ある日、いきなり実戦に狩り出されたんだ。いつものように自分の込めた大砲の弾が、はるか遠くまで飛んでいって、地平線のかなたに落ちたところで爆発するんだ。スコープを覗くと、その爆弾で、さっきまでそこを歩いてた人間がバラバラに飛び散るのが見えるんだ。ショックで呆然としていると、後ろから早く次を撃てと怒鳴られるんだ。だから大砲に弾を込める作業を無我夢中で繰り返すんだよ。自分が込めた大砲の弾で、何人も人が死んでいくんだ。はじめて戦争にいった夜は、朝まで一睡も出来ないで宿舎のベッドの中で泣きっぱなしだった。今でもホステルのベッドで寝てるとそれを思い出すんだ。一生忘れられるわけがない。でもさ、もうそんな兵役も終わって、今やっとこうしてアメリカに来てはじめて、自分の夢のスタート地点に立ててるんだぜ。こんなに幸せなことはないよ。オレはラッキーだ。」

何か自分に言い聞かせるようにそういうと、肌身離さず持ち歩いていたスケッチブックを開き、ドラゴンボールの「悟空」の絵の続きを描きはじめた。彼の夢は、ハリウッドでドラゴンボールのようなアニメを作ることだった。自分が「ラッキー」だといった言葉の裏には、きっと何人もの友達が、そして敵対する国の同じような年齢の若者達が、それぞれの夢のスタート地点に立つ前に命を落としてしまったという意味が隠されていたのだろう。

次の日の夜、ふたりがまた激しい言い争いをはじめた。手のつけられない勢いで罵り合う二人を、体格のいいブラジル人が間に入って止め、スウェーデン人が穏やかな口調でなだめる。ようやくほとぼりがさめたところで、そのスウェーデン人が言った。そこには明らかにその場の混乱を収めるための意図が見て取れた。「どこの国だって戦争は不幸だよ。でも、地球上の歴史の中である意味、一番不幸な体験をしたといえば日本だよな…。ヒロシマだよ。」彼がそう言うと、イスラエル人も、トルコ人もようやく平静を取り戻したように黙りこんだ。日本の苦しみに比べたら、自分たちの苦しみなんてとるに足らないと言わんばかりだった。みんながこれだけ熱くなっている中で、ひとり冷静に見えるボクを、さすが日本人は肝が座っていると畏敬の念で見つめるような眼差しにも思えた。そして誰かが言った。

「そうだよな。ヒロシマとナガサキと…原爆で日本人は何人亡くなったんだ?」

その瞬間、全員がボクの方を向いて黙った。明らかにそこにいた全員がボクの言葉を待っていた。きっと、世界で唯一、原爆を経験した国で育った人間ならではの、何かとても達観した、貴重で、含蓄のある言葉を期待しているような視線だった。ボクはじっと黙り、ゆっくりと唾を飲み込んで、遠くを眺め、二十数年間の自分の人生を振り返った。

彼らが兵役を経験していたころ、彼らが兵舎のベッドや戦場の瓦礫の中で死の恐怖に震えていた頃、ボクはたぶん、テレビでお笑い番組を見て爆笑したり、合コンの二次会で行ったカラオケ屋で流行の曲を熱唱したり、クラブで好きな音楽を聴きながら踊ったり、忘年会で飲み過ぎて居酒屋のトイレでゲロを吐いたり、うだるような暑さの中スーツを着て、冷房が効いた満員電車に揺られ、携帯電話や窓の外を眺めたりしていたんだ。…

ロサンゼルスが車の街から電車の街に テーマソングも登場

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ロサンゼルスが車の街から電車の街に テーマソングも登場


ロサンゼルス空港についた外国人観光客が途方に暮れるのが空港からホテルまでの距離と交通手段の少なさ。ロサンゼルスで生活しているわたしたちが途方に暮れるのが、ときに数時間を越える大渋滞とガソリンの値段。

毎日405フリーウェイで通勤する地獄を味わうくらいなら電車で通いたい。飲酒運転で捕まえる前に、千鳥足でも歩いて家まで帰れる電車を作って欲しいなんていう声もありますが、車社会ロサンゼルスも、あと数年もすれば電車の街、エコの街へ。

以前にもご紹介したロサンゼルス横断電車 EXPO LINEをはじめ、複数の路線がダウンタウンのユニオンステーションを基点に、ロサンゼルスじゅうを縦横無尽に行き来する予定。ただ、その路線が複雑で、どこをどう結ぶのか、どの路線のどこまでがいつ完成するのかなどが分かりづらいため、すでに利用者が混乱しているなんていう話もあります。

そこで今回、ロサンゼルス在住のとっても親切なシンガーソングライター、ガブリエル・モーガンさんが、LAの新しい路線を分かりやすく説明してくれる歌を作ってくれました。その名も「LA’S GOT LINES!」

この歌を覚えれば、LAの路線もバッチリとのことですが、後ろのおっさんの声が気になって何回聞いても全然頭に入ってこないですよね。とにもかくにも、この軽快なLA電車ソングのように、路線工事も軽快に進んでくれるといいですね。ここ数年、ダウンタウンを中心に急速に発展し続けるロサンゼルス。これからが楽しみです。…