検索する言葉を入力してリターンキーを押してください。キャンセルはESCキーまたは右上のXをクリックしてください。

Monthly Archives:

March 2013


ギヴアップ or ゲットアップ – 先天性四肢切断症のキリスト教伝道師 ニック・ブイチチさんの話

Read more

ギヴアップ or ゲットアップ – 先天性四肢切断症のキリスト教伝道師 ニック・ブイチチさんの話


© Copyright image courtesy of
SKATEBORDER MAGAZINE

1970年代に、伝説的なスケートボードチーム「Z-BOYS」生み出し、「ドッグタウン」の名で知られたスケートボーディング発祥の地サンタモニカ&ベニスビーチに、ジョンという名のスケートボーダーがいた。

彼はテトラアメリアシンドローム(先天性四肢切断症)を患っていて、生まれたときから両手両足のなかった。頭と胴体だけで小さなスケートボードに腹這いになり、地面にギリギリ届くかどうかの15センチほどの腕を使い、サーフィンでいうところのパドリングのように地面を掻きながら進む。人ごみを掻き分けながら進むそのスピードはかなりのもので、はじめて彼を見るベニスビーチの外国人観光客は目を丸くし、唖然といった表情だった。 地元の仲間たちが声をかけると「YOOO!!」と大声で返事はするものの滅多に止まることはなく、いつも目的地まで一目散。たまにスケートボードの上に座って仲間と談笑しているときの彼はいつも明るかった。

ところで、ボクは趣味である格闘技のトレーニングをしているんだけど、二ヶ月ほど前に、スパーリング中に足首を故障してしまった。二ヶ月たった今でもまだ思うように歩くことが出来ず、練習から離れている焦りもつのり、「もう復帰できないんじゃないか」 とネガティブな思考に陥りがちになっていた。そんな矢先に、今回ご紹介するニック・ブイチチさんの講演映像に遭遇し、パンチも貰ってないのに完全にノックアウトされた。

ヤバいですニックさん。先のジョンと同様に、テトラアメリアシンドローム(先天性四肢切断症)を背負いながらも、カトリック系キリスト教のエヴァンゲリスト(伝道師)として、モチベーションスピーカーとして、世界各地で講演を繰り返す。ニックさんの演説は、ポジティブで話も面白いし、何より生きるエネルギーが半端じゃない。

「倒れたときには、こうやって起き上がるんだ。」
「100回倒れたら、100回起き上がるんだ。」

と、ニックさんが静かに語りながら起き上がる様は、まるでボコボコに打ちのめされても、何度でも立ち上がるボクサーのようで、思わず涙腺がゆるんでしまう。五体満足で格闘技をやっていながら、ちょっとのケガで凹んでいるボクなんかとは比較にならないほどの強さである。そんなニックさん、やはり、その明るさからは想像もつかない壮絶な過去を乗り越えて来ている。

ニックさんが産まれた日、出産に立ち会っていた牧師である父親は、ニックさんが生まれた瞬間を見てショックに打ちひしがれ、母親は生まれたばかりのニックさんを抱くこともできず、顔を背けてしまい、母乳をあげることもできなかったという。二人は、ニックさんを、呪われた恥ずべき子供だと信じ、生後4ヶ月ものあいだ、ニックさんを受け入れることが出来なかったのだ。その後、障害者用ではなく一般の小学校に通い始めた彼は、クラスでイジメにあい続けた。やがて、生きている意味が分からなくなったニックさんは、わずか8歳にしてお風呂で自殺を図った。

彼がそんな状況を脱して今に至るまでの彼の考え方が講演の中で語られている。ティーンを相手に、ユーモアやジョークを交えての力強いトークは、素晴らしいのひとこと。ビデオは全編英語ですが、言葉が分からなくても、彼のエネルギーを感じることは出来ると思います。動画の後に、印象に残ったニックさんの言葉を書き出してみました。

「ボクは子供の頃すでに、自分が十分な人間じゃないと思うようになったんだ。失敗作なんだって。みんなが好きになってくれたり、受け入れてくれるような人間じゃないんだって。みんなとサッカーもできなきゃ、自転車にものれないし、スケボーもできない。生きていく目的が何も見出せないんだ。死ぬために生きているようなもんだよ。どうしてボクだけこうなの?っていう疑問に医者も両親も答えてくれない。」

「人生には、自分でコントロール出来ない、変えることの出来ないことがあって、それに向き合わなければいけない。ボクたちに与えられた選択肢は、そこで諦めるか、前に進むかだ。」

「恐怖がキミを麻痺させて、立ち上がる気力がないとき…それでも立ち上がるんだ。」

「ギブアップするまで終わりはない。トライする限りチャンスはある。」

「くじけそうになったとき、どんな結果を出すかが大切なんだ。そして、力強い結果を出すことだ。」

「もうボクを見て、かわいそうだなんて思わないだろ?なんでって、もうボクがどんな人間だか分かったからさ、友達になりたいって思うだろ?当たり前さ。それは、キミが、ボクの外見じゃなくて、ボクという人間を好きになったからなんだよ。でもボクには腕がないし、足もないんだよ、って言ったとしても、キミは、そんなの関係ないよ、って思うだろ?だから、キミが、自分にはあれが足りない、これが足りないって言っても、ボクはこう言うんだよ。そんなの関係ないよってさ。」

「自分が問題に直面して、もうダメだと思ったとき、まったく同じ経験をした10歳年上の人間を想像してみるんだ。その人はキミに言うだろう。オレも10年前に全く同じ思いをしたよ。でも何とか乗り越えて、今こうやってここにいるんだ、って。そんな言葉に命を救われる場合だってあるだろう? そして、そんな風に勇気づけられたキミも、10年後に10歳年下の同じ悩みを抱えている人を救えるんだ。これが生きるっていうことの意味なんだよ。」

「学校に行って、みんなと一緒になってイジメられっこの悪口を言ったり、噂話をするか…それとも、そのイジメられっこに、元気?調子はどう?今日はいい顔してるねっ、て声をかけて励ましてあげるか。それはキミの選択次第なんだよ。楽しみたいだけで学校に行ってるヤツは、周りに自分の人生を嫌って苦しんでいるヤツのことなんか気付かないんだ。…オトナになれ。」

「オレがいつもハッピーだって?そんなわけないんだよ。ハッピーじゃないよ。泣くときだってある。腕や足がないからじゃないぜ。こんなことは簡単なことなんだ。そんなんじゃなくて、人生で起きるストレスや不安や…愛する人が傷ついているときに、何もできないことや…そんなことに胸を締め付けられそうになるんだ。」

「人生で何がしたいか、それは全部キミの選択次第なんだ。ボクは結婚するまでセックスしないって選択をしているんだ。」

「ボクの奥さんの話をさせてくれ。まだ結婚してないけどね。誰が奥さんになるかも知らない。でも、いいんだ。ボクの人生に奥さんがやって来ることだけは知ってるから。いつかそのときが来るんだよ。キミに、彼女がいないからって、彼氏がいないからって、キミが美しくないってことじゃない。愛されていないってことでもない。ボーイフレンドがいないからって、誰かがキミを必要としていることを確かめるために、カラダを使うことはないんだ…。いつかボクの奥さんはやってくる。ボクには彼女を抱きしめる腕はないよ。でも、彼女の心を抱きしめるのに、腕なんて必要ないんだ。」

「奥さんと子供を持つことになるだろ?そして、子供が泣いてたらどうやって抱きしめたらいいんだろう?そんなことを考えて昔はひどく落ち込んだんだよ。どんな父親になるんだよオレは…って。でも、聞いてよ。こんなことがあったんだ。ボクの友達の娘で、すげーカワイイ女の子のことなんだけどね。まだ2歳半。ちょうどボクとおなじ背丈さ。(笑)親戚の集まりが終わってみんなが帰るときにハグをするだろ?彼女はひとりひとりハグをして、最後がボクの番になったんだ。ボクはちょっと格好つけて黙ってそこに座ってたんだよ。彼女はじっとボクを見つめてたよ。どうしたらいいのか考えるように、25秒もボクを見つめてたんだ。やがて彼女は、ピンッ!って、何かいいアイデアを思いついたようにボクに近づくと、自分の両手を後ろに回したんだ。そして自分の首をボクの首にもたれさせて、首だけでボクにハグしてきたんだよ!これって、とっても美しいことだって思わない?美しいでしょ?」

「じゃあ目を開けてボクを見て…。涙っていうのはね、キミの魂の窓をキレイに洗い流すためのものなんだ。だから、泣くと気持ちがいいんだよ。今日ボクがここに来たのはね、キミ達をハグするためなんだ。ボクはハギングマシーンなんだよ。(笑)この講演が終わったら、ボクは裏の出口にあるテーブルの上にいるから、ボクをハグして。今までしたことがないくらいのハグをね。なぜってハグには癒しの効果があるから。ボクがキミ達を愛しているって知って欲しいんだ。絶対にあきらめないで。いつだってどこかに、キミのことを信じてくれて、ありのままのキミを愛してくれるひとが絶対にいるから。」

この講演の映像は数年前のものなんですが、なんとニックさん、現在はロサンゼルス在住。しかも、とてもおめでたいことに、昨年2012年2月12日に、日系人のカナエ・ミヤハラさんとご結婚され、さらに先月2013年2月13日には、長男キヨシ・ジェームス・ブイチチ君が生まれている。まさに講演で本人が話して、信じていた通りの、ハッピーエンドなお話でした。

ニック・ブイチチさんの画像

アメリカ西海岸をにぎわせるアザラシの子供たち

カリフォルニアの魅力のひとつは、住んでいる家の近くに海や山があって、人間と動物との距離が近いこと。そんなカリフォルニア西海岸で、今年に入ってから、なぜかアザラシやアシカの子供にまつわるニュースが続いてるので、まとめて三件をご紹介。

まずは、先月2月9日夜。カーソン市内の「IKEAの前の交差点」を走行中の男性ドライバーが、暗闇に動く黒い物体を跳ねそうになって急ブレーキを踏んだ。降りてみると、道路を横断していたのはなんとアザラシの子供。男性がロサンゼルス郡警察に通報すると、すぐさま海洋動物レスキューが駆けつけ、アザラシの子供は無事に保護された。レスキューによると、このアザラシの子供は、発見現場の近くを流れるドミニケズ運河から道路にあがって来たものと推定される。この運河の近くで保護されたアザラシの子供は、今年にはいってすでに8匹目になるとのこと。海からの距離はかなりのものですが、何がしたかったんでしょうか。やっぱり家具を探しに来たんでしょうか。

二件目は、先月半ばのロサンゼルス・レドンドビーチ沖。夜のダイビングを楽しんでいたリック・コールマンさんのカヤックに、突然海中からアシカ子供が飛び乗ってきた。映像を見れば驚くのも納得ですが、悲鳴に近い叫び声をあげるほどビックリしたリックさん。次第に慣れて可愛く感じたものの、陸に戻らなくてはいけないリックさんは、オールでアシカの子供を押して海に落とすも、すぐにまた飛び乗って来てしまう。何度追い払っても飛び乗ってくるので、今度はアシカの体調が心配になった優しいリックさんは、アシカの子供を乗せたまま20分ほどカヤックを漕いでビーチまで連れて行き、アニマルレスキューに保護してもらった。どうやらこのアシカの子供、餌が足りていないのか、カラダの脂肪が少なかったため、海の中が寒くてしかたがなかった模様。リックさんのカヤックの上で暖をとりたかったのだという。このアシカの子供、リックさんとビーチでしばらくたわむれた後、無事に海に帰っていったとのこと。

そして三件目。こちらは、ほんの数日前の話。ロサンゼルスからはるか北のワシントン州沖。最近エクストリームスポーツやアウトドア好きのあいだで流行のGoProカメラを、海に浮かべたサーフボードに備え付けて撮影したもの。アザラシの子供たちが、サーフボードを取りあって、必死で這い上がったり、滑り落ちたり、蹴落としたりする様子が可愛い。キャプチャー画像のどアップ顔は少しグロい気もしますが、実際の映像はかなりカワイイです。みんなのコメントを見ると「アザラシって、基本的に海の犬だよね」という意見。まさにその通り、まるで生まれたばかりの小犬のようなあどけなさ。楽しいBGMも効果的で、何度見てもホッコリします。

アザラシ・アシカの子供三連発。いかがでしたでしょうか?無邪気なアザラシの子供たちですが、ちょっと不思議な感じもしますよね。余談ですが、こんなにカワイイ顔してますが、もしも噛まれたらピットブルの何倍も痛いそうですのでご用心。…

Kazu Tabu 氏の個展がパサデナで開催 – When The Sun Becomes A Memory

Read more

Kazu Tabu 氏の個展がパサデナで開催 – When The Sun Becomes A Memory

今回ご紹介するアーティストは、ロサンゼルスを拠点にご活動されているKazuTabu氏。愛知県に生まれ、19歳でアメリカに渡り、現在はストーリーボードを描くイラストレーターとして働くかたわら、ギャラリーに出展されるなどの活動もされています。

柔らかくて温かみのある優しいタッチで描かれるKazuTabu氏の作品は、シュールでファンタジック。大人に なるにつれて心の奥底に忘れ去られていった感情に、ふたたび優しく触れられるような心地よさに、時間が経つのを忘れてしまいます。

そんなKazuTabu氏が、来たる3月9日(土)から4月20日(土)にかけて、パサデナのSpaceArtCenterにて、今回初となる個展を開催されるにあたり、お忙しい中、インタビューに答えてくださいました。

イラストを描き始めたきっかけは?

イラストというか、絵を描くこと自体は子供の頃から好きでした。でも絵を描くことを仕事にしたいという意識は特になくて、日本に住んでいるときは工業高専というところにいって機械工学を勉強していたんです。絵を勉強しようと思ったきっかけはアメリカに来てコミュニティーカレッジに入る時、専攻を決めなくてはならなかったので、好きだった芸術にしたという程度でした。でも、そうして改めてちゃんと絵というものを勉強したら凄く面白くて、ロサンゼルスの大学に編入する際に、芸術(Fine Art)よりも、もう少し絵としてのコミュニケーション能力を重視して、仕事に直結するイラスト(Illustration)を勉強したいと思うようになってイラストを専攻しました。

現在のお仕事、活動内容を教えてください。

卒業以来ずっとInteractive Art Servicesという会社に正社員のイラストレーターとして雇ってもらって、主にストーリーボードを描いています。簡単に説明すると、顧客である広告代理店が考えたテレビのCMや雑誌の広告のアイデアを彼らの依頼主にわかりやすくプレゼンテーションできるように、漫画のように内容の流れに従って視覚的に明示した絵におこす仕事です。また、それとは別にギャラリーやグループ展などのイベントに作品を出展したり、まだ出版までは至っていませんが絵本を描いたり、ゲームなどのデザイン関係の依頼をうけることもあります。

絵を描くときのツールは何ですか?

昔はアクリル絵の具で描いていましたが、今は鉛筆で描いた絵をPhotoshopで色付けしています。

ロサンゼルスに来たきっかけは何ですか?

初めてアメリカに来たときはフレズノという田舎町に住んでいたのですが、コミュニティカレッジから総合大学(CSU Northridge)に編入する際にアートを勉強するならある程度都会の方がいいだろうと思い、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスに絞り、その3つの中で金銭的なことや学校の先生の推薦、専攻するイラストの先生やカリキュラムの善し悪しなど、おもに現実的な理由だったと思います。今は好きで住んでますが、引っ越して来て数年経つまで、そんなにロサンゼルスに対する思い入れもなかったし、ニューヨークとサンフランシスコにはオシャレで面白そうだなぁという漠然とした憧れがあったのに対して、ロサンゼルスは正直そんなに好きでもなかった気がします(笑)。

ロサンゼルスを活動の拠点にされている理由は何ですか?

こういっては元も子もない言い方になってしまいますが、おもに成り行きです(笑)。いたって現実的な理由でやってきて、先生の紹介もあって今の仕事につけるチャンスを頂いて、その会社にビザのサポートなどもしてもらって滞在しながら、やはり都会なのでギャラリーなどアーティストとしてやりたい機会も多くあって、ひとつひとつをこなしていたら、今まで時間が経っていたという方が正確かもしれません。気取った言い方にとられてしまうかもしないけれど、与えられた環境の中で与えられた機会のひとつひとつを一生懸命やっていればどうにかなるんじゃないか、楽しみながらやっていたらなんとかなるんじゃないかと思ってやっています。ロサンゼルスの好きなところはまず第一に気候、それからこれは嫌なところにも含まれますが、この大きくていろいろなものが広い範囲でごちゃまぜになってるところ、そして自然が比較的近いところです。

影響を受けた日本のアーティストは?

アメリカに来てからアートを勉強したので勉強不足で日本のアーティストを多く知らないのですが、大友克洋さん、松本大洋さん、宮崎駿さん には多く影響を受けていると思います。

影響を受けた海外のアーティストは?

Basquiat, Andy Warhol, Gustav Klimt, Brad Holland, Greg Spalenka, Owen Freeman, James Jean, Kozyndan