慰安婦問題 in ロサンゼルス 第1弾 – ロサンゼルス・グレンデール市に設置された慰安婦記念像を実際に見てきたから報告するよ。

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昨日2013年7月30日月曜日、ロサンゼルスにあるグレンデール市が、韓国政府と在米韓国人団体の主張を受け入れ、市営図書館の裏手にある小さな公園に慰安婦像を設置。これは韓国の日本大使館の前に設置されているものと同じレプリカ。この日、全米の大手各社マスコミの取材陣が集まる中、大々的に除幕式が行われて慰安婦像が披露された。式典には元慰安婦とされるキム・ボクドン(87歳)が出席し、そのニュースは新聞・テレビ・インターネットを含め全米メディアを駆け巡った。

これに先立って、今月はじめに、在米30年を超える一部の先輩方25名がグレンデール市議事ホールで開かれた公聴会に参加し、グレンデール市長と4人の市議に対して反対意見を述べられた。そこには日系メディアや在米領事館などの日本政府関係者の姿はなかったそうだ。そして残念ながら日本側に与えられた準備期間はたったの5日間のみの完全な「出来レース」となっていた公聴会。先輩方の意見は結果的に受け入れられず、それどころか「まだ反省をしていないのか?」と逆に問われた場面もあったという。

「慰安婦問題」について、ここでどういう内容のものか、またその争点がどこにあるのかなどを説明するつもりもない。ただ報道やニュースサイトを見る限り、今回設置された慰安婦像の土台に書かれている文章の具体的な内容が、どこにも掲載されていなかったので、あえて現地に行ってこの目で確かめてみることにした。冒頭の写真は慰安婦像が設置された公園のある市営図書館の入り口壁。

cw09こちらは、その公園の目の前の芝生。背後にはやや殺風景なビルが建っている。奥にある駐車場はパーキングメーターも旧式のままで、図書館自体もかなり古い。街全体にやや寂れた印象があり、慰安婦像設置だけでも30,000ドルが掛かっていることを考えると、例えば財政難にあえぐグレンデール市が、慰安婦設置の是非よりも、韓国政府側から持ちかけられた資金的援助という「美味しい話」を優先しただけではないのか…と勘繰ってしまいたくなる。

cw08通りの反対側には、こんなテコンドー道場が。ただこれはグレンデールに限らず、今やアメリカ中に見られる光景。すでにかつてのカラテ人気を凌いでいるという意見もあり、テコンドーのオリンピック種目認定についても様々な意見がある。ただこの道場、頭に「JUDO(柔道)」の文字がついているのがちょっと気になる。
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そして通りから見た公園がこちら。公園の中央にある木の下でティーンのカップルがイチャイチャしている以外に人の気配はない。昨日あれだけのニュースになった公園がこんなに閑散としていることに一瞬戸惑った。場所を間違えたかと思った瞬間、奥に小さな銅像が見えた。

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近づくと、右手の建物から杖を付いた老人が銅像に向かって歩いていくのが見えた。正直「韓国人のめんどくさいおじいさんだったら面倒だな。」と思ったが、どういう気持ちなのかを聞いてみたいとも思って歩き続ける。
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近くまで行ってみると、白人のアメリカ人のおじいさんだった。銅像の土台に書かれている説明を、じっと読んでいる。ニュースで取り上げられていたとはいえ、実際に慰安婦設置をサポートしているひとたちは、韓国系のひとびとだけだろうという予想はいきなり外れた。

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かなり長い時間をかけてゆっくり読んでいたおじいさん。

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そしてしばらく黙って少女の像を見つめていた。やがて、ボクは近づいておじいさんに聞いてみた。「これ、どう思う?」。すると、おじいさんは言った。「…ひどい話だよ。彼ら(日本政府)は謝ったことがない。でも誰だって謝らないさ。オレも(戦争中に)日本人をいっぱい殺した。数え切れないくらい殺したよ。でも謝ったことはない。アメリカだって一度もインディアンに謝ったことはない。人間は過ちを犯す生き物なんだよ。日本人は戦前はいいひとたちだった、でも戦争中はとても悪いひとたちになって、今はまたいいひとたちに戻った。何はともあれ、この少女の人生は不幸だっただろうね。」おじいさんは、ボクがどこの国から来た人間なのかを気にする様子もなく、自分の意見をつらつらと述べた。

「いやいやいやおじいさん…この少女は当時、日本兵の何十倍もの給料を貰って志願して戦地に行った売春婦だったんだよ。拉致されたなんて韓国政府がでっちあげた真っ赤なウソでさ、この少女は慰安婦でも性奴隷でもなくて売春婦なんだよ。強制連行なんてなかったんだよ。その証拠にさ、家に帰ったらインターネットで…」強制連行がなかったと主張する人ならそうでも言いたい場面だろうが、とてもそんなことを言える空気ではない。

これが現実だ。

ボクは、かろうじておじいさんに聞いた。「なんでグレンデールにこの像が建ったと思う?」するとおじいさんは言った。「絆だろう。私たちの町は、戦争で不幸な体験をした彼女たちを街をあげて弔うのさ。」そう言うと、またトボトボ歩いていってしまった。

「絆」と言えば、グレンデールは東大阪の姉妹都市だそうだが、そんなことはボクも今回の件ではじめて知ったことだし、東大阪市長がグレンデール市の慰安婦像設置問題について何か発言をしたという報道も聞いていない。ボクは今まで自分なりに考えてきた「慰安婦問題」についての自分の意見というものが、何の「経験」にも基づいていない机上の空論というか、なんとも頼りないものに思えた。

そして、おじいさんが言うところの「不幸な少女」を改めてじっくり見直してみた。

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「…………。」銅像の首には、昨日のニュースで見たままのリースが掛けられている。花束が3つしかないのを見て、どこかで少し安心してしまう自分がいた。メディアに取り上げられるほど受け入れられていないのだろう…と。

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細い釣り目に、鷲っ鼻、横に広がった顔。いかにも当時の「朝鮮人」なのだろうと思わせる風貌。無表情ながら、キッと結んだ口と遠くを見るような目は、黙っていても多くを物語るような雰囲気を醸し出していて、造形物としてのクオリティの高さを感じた。同時に背筋が凍る思いがした。

「政治利用されたアート」「プロパガンダとしての芸術」と考えてこの慰安婦像を見たときに、そこに説得力を感じさせるだけのクオリティがあるからだ。アートを見たとき、人はそこから受けた感情で物事を判断をすると思う。この慰安婦像を見たアメリカ人は、この少女に同情し、そのストーリーに共感し、加害者=日本=悪と考えるだろう。そこには作り手側の明らかな意図が見えてくる。

例えば、わたしたち日本人が「慰安婦」というものを頭に浮かべたときに、こんな幼い少女を思い浮かべることがあるだろうか?実際の戦時中の慰安婦たちのものとされる写真をインターネット上ではたくさん見たことがあるが、こんなに幼い少女というのは見たことがない。今で言えば明らかに児童ポルノの世界であり、児童性的虐待だ。そしてアメリカという社会は「ぺドファイル(PEDOFILE)」と呼ばれる小児性愛者に対しては、第一級殺人罪を含めたどんな犯罪よりも厳しい。未成年に対する性犯罪者は刑務所に入ったその日に半殺し状態のリンチに合うなどの話はよく聞くが、アメリカ人にとって児童性犯罪者がどれだけ軽蔑の対象となるかを考えれば、この慰安婦像のビジュアルというのは、わたしたち日本人が想像する以上の同情や怒りを呼び起こすに十分過ぎるものだろう。

韓国では、この慰安婦像が小さ過ぎるからもっと目立つように巨大な像にするべきだとの意見もあると聞くが、今日、この公園の外から見てもびっくりするほどインパクトにかける銅像の小ささというのは、実はこうして目の前でじっくり見たときに、その効果がハッキリとわかる。「こんなに小さくて幼い少女を…」というのが見た者が抱く印象だろう。これはある意味、非常に計算しつくされた巧妙なものであるよう気がしてならない。

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もし、慰安婦の強制連行を否定する立場の日本人が、このアメリカで、こんな幼い少女の銅像を前に「こいつら本当は売春婦だったんだ。」なんて言おうものなら、誰からも聞く耳を持たれないどころか、その場で警察を呼ばれてもおかしくない。

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そんなことを思っていると、今度は幼児を連れた母親と思われる女性がやって来た。女性であり、母親である彼女が、この慰安婦像とメッセージを見たときに何を感じるかは、容易に想像がつく。彼女は、慰安婦像の土台の横に添えてあったピンク色の花束を拾い上げると、空いているほうの椅子の上に添えた。その様子はまるでこの銅像の少女は、彼女が連れている男の子の亡くなったお姉さんで、今は亡き娘のお墓参りでもしているかのようだった。

CW17やがて母親は、何枚もデジカメで慰安婦像を撮影しはじめた。花束を椅子の上に移動させた理由が、単に写真の見栄えを良くするためだったのかと思うほどこだわっているように見えた。その写真にどんなメッセージが添えられてフェイスブックでシェアされるのだろうと思うと、なんだか複雑な気持ちになった。

CW17 ところで、この公園に到着したときは、あまりに閑散としている印象だったので、実際にはニュースで騒がれてたほどのことでもないのかと思った。でも、少なくとも10分に1組以上のペースで、誰かしらが慰安婦像を見にやって来る。写真には収めていないものの、ほんの1時間のあいだに、老若男女10数人を見た。火曜日の昼過ぎでこのペースであれば、今週末は、ニュース後初の週末になるわけだから、この慰安婦像の周りにかなりの人が集まるのは間違いないだろう。

CW17 上の写真の男性は、連れの男の子に車椅子を押されてまで慰安婦像を見に来た。「オレはここで待っているから、何が書いてあるのか読んできてくれよ。」と言うのが聞こえた。しばらくして声を掛けると「昨日、ニュースを見て来たんだよ。不幸な話だね。キミは韓国人か?」そう言われたので、ちょっとイラッとしつつも「いや、日本人だよ。」と言うと、随分驚いた表情をされた。一番会うはずがない種類の人間がここにいたかのような顔だった。

向こうが黙ってしまったので、ボクは言った。「オレは、この銅像も、ここに書いてあることも、それが真実かどうかは正直分からないよ。だけど、気分がいいことじゃないということだけは言える。なんでグレンデールなのかも分からない。なんでだと思う?」彼は「よく分からないけど、みんな平和を願っているだけだろう。オレには本当のことは、まったく分からないよ。でも、分かるのは戦争があれば人が死ぬ、死んだやつの親は悲しむし、ずっと相手を恨むってことさ。」

実はボクは、ある程度長い時間この公園にいても不審に思われないように、犬を連れて来ていた。何にも考えずに芝生でゴロゴロ転げまわる犬を見ながらふと思った。

日本人でも韓国人でもない第三者。つまりこの公園に慰安婦像を見に来ているアメリカ人たちにとっては、それは単なる「平和の象徴」として(少なくとも)グレンデール市のひとびとが受け入れてしまっている。日本人が考える歴史的な事実の検証云々などという話はもう無意味であって、この慰安婦像は単なる「戦争反対」のリマインダーとして浸透していくことになってしまうのだろう。

そんな第三者的な立場のアメリカ人に対して、例えば「実際には強制連行はなかったんだ。」「強制連行は20万人じゃなくて、5000人だったんだ。」「いや100人だった。」という話は、何の意味も持たないように思えた。

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今日、慰安婦像を見に来た何人かに声を掛けた中に、ニックというハリウッド俳優みたいなイケメンがいた。話を聞いたら、ロサンゼルスタイムズで慰安婦像の話をはじめて知って、気になって見に来たということだった。彼も、日本人であるボクが慰安婦像を見に来ていることに驚いていたけど、ボクが「なんだって実際に見てみないと分からないだろ?」と言うと、大きくうなずいた。彼とはだいぶ長い時間話したが、その中で、自分が思っていることを言った。自分の考えを彼に伝えることに何の意味があるのかわからなかった。でも彼は日本が大好きだと言い、彼と別れ際に握手したときに「グッドラック」なんて言われた。この状況で「グッドラック」ってなんなんだろうかと考えてしまったが、国際社会における今後の日本にはうってつけな言葉にも聞こえた。

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メディアの報道やインターネットでは、慰安婦像を正面から撮影した画像ばかりが出回っているが、こちらは慰安婦像の土台を撮影した一枚。そこにはさらに色々なメッセージが隠されていて、少女の影に別の女性と白い蝶が描かれている。その意味はあとで説明するが、この写真を撮りつつ、暑さで犬もややバテ気味なのでそろそろ帰ろうかと思った矢先に、その男性は現れた。

写真を撮っているボクの隣にたって、男性がボクの顔も見ずに韓国語で話しかけてきた。「@*%&%キムチ@#&%マッコリ&%%$^$???」ボクはすぐに「アイムジャパニーズ」と伝えると、一瞬驚いた表情をしたあと、「アイアムコリアン」と言って黙って慰安婦像を見つめた。明らかに変な空気が流れた。すると、近くにいたメキシカンのおばちゃんが、後ろからボクに声を掛けてきた。

「あたし、ランチを食べに来たんだけど、さっきからみんな何を見てるの?(慰安婦像を指差しながら)これ誰なの???」

韓国人老夫婦は背中を向けたまま黙っていた。ボクは、そのメキシカンのおばちゃんに向かって、アメリカ人がよくやる例のあれをやった。肩をすくめて両手の平を上に向けて体の横にあげ、への字口をするヤツだ。そのジャスチャーを見たメキシカンのおばちゃんも、韓国人老夫婦の背中を見ながら、同じジェスチャーをボクにして、慰安婦像の方を向いた。

CW17 真剣な表情で説明文を読む韓国人老夫婦。おじいさんもあまり流暢ではないが、奥さんはもっと英語が分からないようで、おじいさんが韓国語で説明している。

CW17 ボクは、何らかの話がしたくて、その場にいて、彼らの様子を見ていた。すると、飼い犬が慰安婦像の足元で片足を上げてションベンをしそうになった。韓国人は犬嫌いとも聞くし、いくらなんでもこれは洒落にならないと思い、焦ってその場を離れた。

しばらくして、老夫婦は帰ろうとして歩き始めた。ところが急におじいさんが、ボクの方に向きなおり、ややおぼつかない足取りで近づいてきた。

「キミ、この銅像を見て、どう思うか?賛成か、反対か?」

ややぎこちない英語だったが、表情は真剣だった。これはボクの思い過ごしかもしれないが、彼はボクに質問をしながらも、何かを怖がっているように思えた。怖がりながらも、何とか日本人の若造に舐められないように偉ぶっているようにも見えた。この世代の韓国人はたいていの場合、日本語が話せるはずだが、そこはあえての英語なのだと思った。その韓国人のおじいさんに向かって、ボクは言った。

「半分わかるけど、半分はわからないです。この戦争で傷ついた少女たちがいたことは事実だろうけど、ここに書いてある話の全てが真実かどうかはボクには分からない。韓国内じゃなくてアメリカ国内にこの慰安婦像を設置するなら、もっときちんとした調査が必要だったと思います。」

これがやっとだった。普段から慰安婦問題については、いくらでも言いたいことや意見があるつもりだったが、実際に口から出たのはこれだけだった。すると、その韓国人のおじいさんは言った。

「わたしは、今86歳だよ。実際に戦争に行ったんだよ。10代のときに、日本軍が家にやって来て、男子は全員無理矢理戦地に連れて行かれたんだ。女子みんなも無理矢理連れて行かれたんだ。この目で見たんだ。」

「戦争に行ったっていうのは、日本軍の軍人として戦ったっていうことですよね?」

「そうだ。」

「この目で見たって、実際に何を見たって言うんですか?」

「女の子達がみんな酷い目にあったのを見たんだ。でも僕たちコリアンはコリアンガールには指一本触れなかったよ。」

そこで奥さんが横から言った。

「みんなこんなに小さな箱に入れられたよ。」

そう言うと、奥さんはおじいさんの背中に隠れるようにその場を離れた。

「キミたちは知らないんだ。ボクたちは見たんだ。」

次にボクが言うべき言葉が色々浮かんだ。でも何だかどれもその状況にしっくりと来るように思えなかった。そして結果的にこんなことを言っていた。

「日本はアメリカに戦争で負けたけど、アメリカに文句は言わないよ。

ボクらのおじいさんやお父さんたちの世代は、違うやり方で頑張って来た。
そういう誇りに出来るものがあるから、今の日本があると思うんだよ。」

それがしっくり来たわけでもなかった。

すると、おじいさんは繰り返した。

「キミたちは知らないんだ。ボクたちは見たんだ。」

ボクは、例え年老いたこの人たちと議論して論破できたとして何の意味があるんだろうかと思い、最後には「話をシェアしてくれてありがとう。」と言って愛想笑いをした。おじいさんが少しだけ表情を緩めた。

その間、ボクには、なんだか彼らが、どこかでボクを怖がっている感じがしてならなかった。慰安婦像設置の翌日に銅像にへばり付いている日本人がいるなんて想像もしなかったのかもしれないから、少しも不思議ではない。でも、それはボク個人を怖がっているというよりも、昔、戦時中に自分を苦しめた日本兵の姿をボクに重ね合わせて、当時言いたかったことをボクに向かって言っているようにしか見えなかった。

ホンネで言えば、このおじいさんの家に遊びに行って、マッコリと日本酒を並べて飲みながら、心行くまでゆっくり話をしたい気分だった。でも、せめて連絡先だけでも聞いておけばよかったと思ったのは、二人を見送ってしばらくしてからだった。

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さて、今日起きたことをここまで書いた上であらためて思う。ボクはグレンデール市に限らず、慰安婦像の設置には断固として反対です。現在、韓国側は、アメリカ全土の20ヶ所、カリフォルニア州内の7ヵ所に、慰安婦像を設置することを画策しています。今回グレンデール市にこの慰安婦像が立ってしまった時点で手遅れな部分もあると思いますが、逆に言えば、もう今後一切、ひとつたりとも慰安婦像の設置を増やしてはならないと思います。

今回のグレンデール市における慰安婦像設置に関して、一番大きな問題は、韓国側にでも、アメリカ側にでもなく、日本政府の対応にあると思います。強制連行があったにせよなかったにせよ、日本は政府レベルでも個人レベルでも、もっと声をあげるべきだということです。以前、中国関係のコラムでも書きましたが、例えもしそれが間違いだとしても国のトップが発信したことを国民が信じていて同じ方向を向いている国家の方がそうでない国家よりもまとまりがある分強いと思います。そしてそういう国家の発言が良かれ悪しかれやがては「真実」となっていくものです。一方で、慰安婦像設置に関しての日本政府の発言は下記の通りです。

ロサンゼルス日本総領事館「銅像が設置されたことは極めて残念だ」

菅官房長官「政府は、いわゆる慰安婦の問題について政治問題や外交問題にすべきではないという考え方で、われわれの考え方とは相いれないものだ。市長や市議会議員をはじめとする市の関係者には、政府の考え方を説明し、適切な対応を求めてきた。結果として少女の銅像が設置されたことは極めて残念だ」

国家としてこんなに頼りない発言をする国が他にあるのでしょうか?日本政府は、こういう事なかれ主義的な言動はもう辞めにしましょう。誤魔化したり、濁したりしていて、事が起きてから…では遅いのです。そして、今回その「事」がもう起きてしまいました。政府に意見がないのでは話になりませんが、意見があっても発信しなければ意味がありません。黙っていては相手の意見を認めたのと同じです。このまま「残念です」「遺憾です」などの言葉だけでハッキリした見解を述べなければ、慰安婦像設置についても日本は事実上認めたことになってしまいます。

下記は、グレンデール市の図書館裏の公園に設置された慰安婦像の土台に彫られたメッセージです。ここに書いた文章が英語で拡散するのは私の意図するところではありませんが、それ以前に日本人のみなさんが、ここロサンゼルスで何が起きているのかを正確に知るためには、とても重要な内容だと思うので、和訳とともに紹介しておきます。

反論するべきところは反論し、認める箇所があれば認める。そのどちらもしなければ、全て認めたことになるのです。

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『わたしは日本軍の性奴隷でした。』
“I was a sex slave of Japanese military”

「乱れた髪型は、この少女が大日本帝国軍によって、住んでいた家から拉致されたことを象徴しています。」
Torn hair symbolizes the girl being snatched from her home by the Imperial Japanese Army.

「握り締めた二つの拳は、正義を勝ち取ろうというこの少女の固い決意を表しています。」
Tight fists represent the girl’s firm resolve for a deliverance of justice.

「剥き出しの不安定な足は、薄情で思いやりがないこの世界に少女が見捨てられてきたことを表しています。」
Bare and unsetteled feet represent having been abandoned by the cold and unsympathetic world.

「少女の肩に止まった鳥は、わたしたちと亡くなった犠牲者の絆を象徴しています。」
Bird on the girl’s shoulder symbolizes a bond between us and the deceased victims.

「誰も座っていない隣の椅子は、まだ正義を見ないまま死を迎えようとしている年老いた生存者たちを象徴しています。」
Empty chair symbolizes surviviors who are dying of old age without having yet witnessed justice.

「(像の後ろの床に描かれた)少女の影に映っているおばあさんは、永いあいだ沈黙の中で過ごしてきた時間の経過を象徴しています。」
Shadow of the girl is that of and old grandma, symbolizing passage of time spent in silence.

「影の中にある蝶は、犠牲者たちがいつの日か甦り、謝罪を受けられる日が来ることへの希望を表しています。」
Butterfly in shadow represents hope that victims may resurrect one day to receive their apology.

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『平和の記念碑』
Peace Monument

「1923年から1945年にかけて、20万人以上のアジア人とオランダ人の女性たちが、韓国、中国、台湾、日本、フィリピン、タイ、ベトナム、マレーシア、東ティモール、インドネシアの彼女たちの家から拉致され、大日本帝国軍によって強制的に性奴隷にされました。」
In memory of more than 200,000 Asian and Dutch women who were removed from their homes in Korea, China, Taiwan, Japan, the Philippines, Thailand, Vietnam, malaysia, East Timor and Indonesia, to be coerced into sexual slavery by the Imperial Armed Forces of Japan between 1923 and 1945.

「2012年7月30日に、グレンデール市が「慰安婦の日」を制定したこと、そして、2007年7月30日に、アメリカ合衆国議会が、米国下院決議案121条を通過したことを祝し、これらの罪について日本政府に対して歴史的な責任を受け入れることを求めます。」
And in celebration of proclamation of “Comfort Women Day” by the City of Glendale on July 30, 2012, and of passing of House Resolution 121 by the United States Congres on July 30, 2007, urging the Japanese Government to accept historical responsibility for these crimes.

「このような非道徳的な人権蹂躙が二度と繰り返されないことを心から願います。」
It is our sincere hope that these unconscionable violations of human rights shall bever recur.

2013年7月30日
July 30, 2013

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