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September 2013


911 アメリカ同時多発テロ事件発生から12年

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911 アメリカ同時多発テロ事件発生から12年


ニューヨークでテロが起きたあの日の朝、ここロサンゼルスでも明らかに異常事態という空気が漂っていた。ボクはルームメイトと一緒にしばらくテレビに釘付けになっていたが、外の様子が知りたくなってコーヒーを買いに出た。すれ違う人全員が携帯電話で誰かと話していた。いつもは騒がしいロサンゼルスの街が通夜の様に静まり返り、いつもは明るいロサンゼルスの人々から笑顔が消えていた。カフェや街角で会話するひとびとの声がいつもよりも暗く重苦しかった。

「テロリストがハイジャックした飛行機のうち最後の一機が、いまロサンゼルスに向かっていて、あと何時間で到着するはず」「標的はロサンゼルス・ダウンタウンのビル群か、もしくはセチュリーシティの高層ビル、はたまたウェストウッドの連邦ビルかもしれない…」なんていう噂が飛び交っていた。みんなが怯えているように見えた。

あの忘れもしない全米同時多発テロが起きてから今日で12年がたつ。毎年この日が近づくと妙にそわそわしてしまう。少なからずトラウマらしきものが残っているのかもしれない。

当時ニューヨークに住んでいたわけではないけど、ボクにとっては、自分の人生である大きな決断をして渡米した直後に起きた大事件だった。周囲の状況が一変し、自分の未来が異国の地で起きた予想外の事態に踏みにじられた思いだった。そして自分が住んでいる国が徐々に戦争へ突入していく様に翻弄され、気付けば渡米した理由など忘れて反戦デモの中にいた。あの事件はボクにとって、人生や考え方ほか全てを変えさせられた大きな出来事だった。ニューヨークに住んでいたかどうかに関わらず、きっと世界中の多くのひとびとが多かれ少なかれ似たような思いをしたのではないだろうか。

それからしばらくのあいだは、あの朝に起きたこと、街の様子、人々の表情、メディアの報道…そしてアメリカという一つの国家全体が、一歩一歩戦争に向かって行く様を肌で感じながら過ごす毎日だった。時間の経過とともに、アメリカ人の友人たちとテロや戦争の可能性について議論する数が減り、反戦デモ参加者の数も減っていき、アメリカ全体が「戦争」というひとつの目標に向かっていき、反対意見を口に出来ない風潮が出来上がっていった。何かとてつもなく大きな間違いが起きていることを多くの人たちが感じながら、どうすることも出来なかった。

当時はブッシュ大統領の言動にいちいち憤りを感じる日々だったが、その就任期間が長かった分、2008年11月にオバマ大統領が当選したときのインパクトは只ならぬものがあった。しかし、奇しくも本日9月10日(時計は0時を回って既に9月11日)、ほんの数時間前に、ホワイトハウス発信でオバマ大統領からアメリカ国民に宛てた長文メールが届いた。同時にオバマ大統領がメディアを通じて演説を行った。どこかで見たような風景だった。それは先日のシリアでの化学兵器使用に対するアメリカの軍事的対処の可能性と理由についてだった。「外交努力」を強調するほど、その延長線上に想定される「軍事介入」や「戦争」の正当化にしか聞こえない。アメリカは、あれから12年経っても何一つ学んでいないのかもしれない。ちなみに、みんな忘れているかもしれないが、オバマ大統領は2009年ノーベル平和賞受賞者だ。

911全米同時多発テロの標的・世界貿易センタービル(ワールドトレードセンタービル)を設計した日本人建築家 – ミノル・ヤマサキ

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911全米同時多発テロの標的・世界貿易センタービル(ワールドトレードセンタービル)を設計した日本人建築家 – ミノル・ヤマサキ

全米同時多発テロ事件に関して、日本人なら是非知っておきたい人物がいる。彼の名はミノル・ヤマサキ。ワシントン州シアトル出身の日系アメリカ人の建築家。

日本人近代建築家として、アメリカで確固たる地位を築き、アメリカ建築家協会のファースト・オナー・アワードで4度もの受賞暦を誇った彼こそが、ニューヨークの世界貿易センタービルの設計者なのだ。そして、驚くべきことに、ヤマサキは、設計当時最大の航空機であったボーイング707型機が衝突しても、持ちこたえることを想定して同ビルを設計していた。

ミノル・ヤマサキは、1912年12月1日に富山県出身の日系移民の靴職人の子としてシアトルのスラム街に生まれた。母方の叔父が建築家であったことから影響を受けて自らも建築家を志し、学費を稼ぐためにアラスカの鮭の缶詰め工場で働いて、ワシントン大学建築学科に入学して首席で卒業後、ニューヨーク大学大学院で修士号を取得した。

卒業後は、不景気と人種差別のために就職に苦労し、瀬戸物の包装などの仕事をしていたこともあったという。しかし真珠湾攻撃の2日前に、日系アメリカ人のピアニストだったテルコ・ヒラシキと結婚をすると、その後はシュリブ、ラム&ハーモン事務所(エンパイアステートビルの建築設計事務所)、ハリソン、フォールオウクス&アブラモヴィッツ事務所(ロックフェラー・センターの建築設計事務所)、レイモンド・ローウィ事務所(世界的に有名なインダストリアルデザイナーの事務所)など、ニューヨークの有名な建築設計事務所やデザインスタジオを渡り歩いて修行を重ねた。

1945年、ヤマサキは、当時600人を抱えた大手建築設計事務所スミス・ヒンチマン&グリルスのチーフデザイナーとなる。1949年には、同社時代の同僚をパートナーにして、デトロイトとセントルイスの二ヵ所に自らの建築設計事務所を開設。ヤマサキの事務所には注文が殺到したが、ヤマサキ本人は過労のために胃潰瘍を繰り返し、一時は危篤状態にまで陥ったほどだった。その後パートナーを解消し、デトロイト事務所がヤマサキとラインウェーバーを中心に存続した。1955年のランバート・セントルイス国際空港の設計、また翌年1956年のプルーイット・アイゴー団地の設計で一躍注目を集めたヤマサキはパートナー事務所を開設後、アメリカ建築家協会のファースト・オナー・アワードにおいて4度も受賞をする。そして、1970年代初めには、彼の代表作であるニューヨーク世界貿易センタービルに取り組むことになる。

また私生活では、1941年に29歳でテルコ・ヒラシキと結婚。20年連れ添ったあと1961年に離婚。同年ペギー・ワティーと2度目の結婚をするが、2年で離婚。その後、日系人の女性と3度目の結婚をするがすぐに離婚。1969年にテルコ・ヒラシキと2度目(通算4度目)の結婚。ヤマサキは、この頃を振り返って「I was a bad boy.」とコメントしている。なおテルコとの間に生まれた長男・タロウ・ヤマサキは写真家となり1981年度ピューリッツァー賞特集写真部門を受賞している。

「ピラミッド以来の世界最大の建造物」と言われたニューヨーク世界貿易センタービル(WTCビル)は、コンペの結果ミノル・ヤマサキが発案したチューブ構造・鋼鉄構造案が採用された。チューブ構造とは、ビルの外側に無数の柱を並べることで、フロア内には一本の柱もない大空間を可能にする画期的な構造で、ビルの有効面積を増やして賃貸収入を上げられるという利点もあった。また、ビルの中心部をエレベーターや階段、シャフト等で固めることで、ビルの中心部を強靭にする構造になっている。この中心の幹から四隅に梁を張って、これに窓枠(建物を支える外壁の鉄柱のかご)を固定していた。

そして過去にサウジアラビア空港の建築設計をした経験もあったヤマサキは、このWTCにもイスラム建築風なデザインを取り入れるのだが、奇しくもこれがのちに反米イスラム主義者の反感を買うひとつの理由にもなったとも考えられている。

2001年9月11日、2機の飛行機がWTCビルに激突とした。これにより発生した高熱の火炎が外壁を溶解し、ツインタワーは倒壊することになる。この倒壊は、チューブ構造の構造的欠陥にあるとされる。具体的な倒壊のメカニズムは、ドミノ崩壊といわれている。これは構造を支えていた外壁や柱が溶解することで、それ上部の階層が落下し、その重さによって次々に床が抜けて倒壊に至ったとされている。

ヤマサキは過去に「ビルの寿命はせいぜい20年」と述べている。その理由として「10年後の生活環境を明確につかむことができないのに、20年後は考えてみても見当もつかないからだ」としている。その結果、機能的であると同時に、いかに短期間で破壊できるかを考慮して設計していると述べている。テロ事件は、施工から27年経過していたわけであり、ヤマサキの考えによれば、WTCビルは(構造上の耐久性はともかくとして)、建築デザイン的には想定の寿命を過ぎていたことになる。あえて言えば、この撤去の容易さを考慮に入れて設計していたことが、意図せざる結果として倒壊を招いたとの批判が見られる。

その一方で、あれだけの大きな衝撃を受けたにもかかわらず、崩壊までにはかなりの時間があったことは評価されるべき点だろう。さらにワールドトレードセンターは航空機の衝突自体は想定した設計でもあったという。構造設計をしたレスリー・ロバートソンは「設計当時、最大の航空機であったボーイング707型機が衝突し、衝突面の3分の2の柱が壊されても、持ちこたえる構造だった」と語っている。ただし、実際に衝突した航空機が想定以上に大型なボーイング767であり、衝突による火災の発生が想定を大幅に上回っていた可能性がある。

このテロによってツインタワーが倒壊したことは、設計を行った関係者には相当ショックだったようで、構造設計を担当した人物がある講演会で質問に答えた際、感情を抑えきれず号泣したと伝えられる。

ミノル・ヤマサキは、半世紀にわたる人生の中で数々の建築賞を受賞し、アメリカで最も権威があると言われる「アメリカ建築家協会」からは四度に渡って最高賞である第一名誉賞を受賞し、「ニョーヨーク建築家協会」が、あのフランク・ロイド・ライトに続いて、28年ぶりに個展を開いた建築家でもあった。そして世界貿易センタービルの完成によって「ピラミッド以来の世界最大の建造物を創った建築家」と言われるなど、数多くの偉大な業績にも関わらず、全米同時多発テロ事件の報道において、アメリカのメディアで扱われることはなかった。日本のメディアにいたってはその存在さえ知られていなかったのだろう。

今日9月11日には、12年前に事件で亡くなられた犠牲者に哀悼の意を奉げるとともに、倒壊してしまったワールドトレードセンタービルの設計者であった日本人建築家ミノル・ヤマサキの功績にも敬意を表したい。

※下記の動画の冒頭にヤマサキの姿が見られる。

<参考・引用文献>
– 9・11の標的をつくった男 天才と差別―建築家ミノル・ヤマサキの生涯(飯塚真紀子・著)
– ウィキペディア – ミノル・ヤマサキ

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祝!2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定!!! *【祝】*:・゚\(゚▽゚*)

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祝!2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定!!! *【祝】*:・゚\(゚▽゚*)


2020年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会は7日(日本時間8日)、ブエノスアイレスで行われ、開催都市に東京を選んだ。東京は決選投票でイスタンブールを破り、1964年以来2度目となる開催を決めた。マドリードは1回目の投票でイスタンブールと同票となり、最下位を決める投票で落選した。日本での五輪は72年札幌、98年長野の冬季五輪と合わせ4度目の開催となる。

 投票に先立って行われたIOC総会の最終プレゼンテーションには安倍晋三首相が出席し、東京電力福島第1原発の汚染水漏れ問題について「東京にはいかなる悪影響も及ぼすことはない」と安全を保証。高円宮妃久子さまは、東日本大震災時の各国の支援にお礼を述べられた。

 東京は85%の競技会場を選手村から半径8キロ以内に配置し、選手や関係者に負担が少ない「コンパクトな五輪」を訴えた。選手村の設計には現役選手の声を積極的に取り入れ、選手第一の姿勢を貫いてきた。

 6月末発表のIOC評価報告書では高度な交通網、良好な治安状態などが高く評価されていた。招致活動では「安心、安全、確実な五輪」をアピール。 経済に不安を残すマドリード、国内外に政情不安があるイスタンブールを振り切った。

 東京は2016年大会に続く立候補で悲願を達成した。五輪は20年7月24日~8月9日まで、パラリンピックは8月25日~9月6日まで行う計画だ。(産経新聞より)

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水族館のシャチが観客の目の前で女性トレーナーを殺した衝撃の事件を題材にしたドキュメンタリー映画『ブラックフィッシュ』公開

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水族館のシャチが観客の目の前で女性トレーナーを殺した衝撃の事件を題材にしたドキュメンタリー映画『ブラックフィッシュ』公開

2010年2月24日、フロリダ州オーランドの水族館シーワルドのシャチショーで、ベテラン女性トレーナーのドーン・ブランショーさんが、シャチのティリカムに「食い殺される」事件が発生した。(報道では溺死)

当時このニュースは世界中を駆け巡り、全米で様々な論争を呼び起こしたが、あれから3年が経った今、同事件を題材にしたドキュメンタリー映画『ブラックフィッシュ/原題:BLACKFISH』が制作された。同映画は、今年1月にサンダンス映画祭で初公開されると大きな話題を呼び、 この夏遂に一般公開された。ロサンゼルスではサンタモニカとパサデナの小さな映画館で一日2回のみ上映されているが、夏休みの課題にも指定されているようで、学生の姿も非常に多く、どの回もほぼ満席状態のようだ。一方で、PG13に指定されているものの、さすがに親子連れは少ない印象だった。やはり悲しいかな親子連れは何も知らないまま水族館のシャチショーを見に行くのであろうか…。

というわけで、ボクもようやく映画館に足を運んできた。子供の頃、水族館が大好きだったボクは「鴨川シーワールド」にシャチを見に行くのが何よりの楽しみだった。学生になっても「品川水族館」や「八景島シーパラダイス」や「池袋のサンシャイン水族館」に足を運んだものだった。もちろん「サンディエゴシーワールド」も何度か遊びに行ったことがある。それだけに、知りたくない現実を見せ付けられるであろう本作品は、決して進んで見たい映画ではなかった。一方で、これは絶対に見なければいけないという、何か使命感のようなものにも駆りたてられた。そして実際に見たこの映画は、予告編から受けた印象をはるかに越える衝撃的な内容だった。

「シャチが…私たちトレーナーのひとりを食べてしまったんです…」

映画は水族館係員が警察に事件を通報をした際の音声記録からはじまり、関係者へのインタビューを通じて、水族館のシャチショーの実態が次第に明らかにされていく。映画開始から五分もすると映画館のあちこちから「オーマイガッ…」「ジーザス….」「シーット…」「ありえない…」「酷すぎる…」といった言葉や、重苦しいため息が聞こえてくる…。首を左右に振りっぱなしの人たち、うなだれてしまうひとたち、頭を抱え込んでしまう人たち、鼻をすする人たち、涙をぬぐう人たち。

ボクたちの見慣れた「可愛い」シャチが実際に、どうやって水族館まで運ばれて来たのかが実際の映像やアニメーションとともに説明され、メディアでは報道されなかったシャチによる悲惨な人身事故の詳細が、死体解剖記録とともに明らかにされていく。シーワールドの歴史とは、まだ赤ん坊だったシャチが、人間の金儲けのために、両親から引き離され、拉致監禁拷問されてきた歴史に他ならないのだ。この映画の語り手である人たち、つまりシャチの捕獲者やトレーナーたちにとっては、この映画で真実を語ることが贖罪であるかのよう見えて、まるで彼らが神様に許しを乞うような告白の記録になっている。彼らがカメラを前にして涙を流しながら訴える真実には、鬼気迫るものがある。当然のことながら一番の犠牲者はシャチなのだが、その一方でシーワールドの従業員たちもまた犠牲者なのだ。彼らはインタビューの中で、自分たちが無知だったこと、事態に直面して何をすることも出来ない無力さを吐露する。

「イルカと一緒に泳いでみたい」「シャチの背中に乗ってみたい」

そんな、子供の頃に誰もが一度は夢見たようなことを実現するため、持てる情熱の全てを注ぎ込み、まっすぐに夢を叶えた人たちの人生が、この事件をきっかけに一変し、雇用主である「シーワールド」という巨大産業の犠牲者となっていく様が浮き彫りになる。子供の頃に夢見た華やかな世界の裏に隠されていた驚愕の事実が次々と明らかにされていく…。ベテランの域に達した今になって、残酷にも彼らの夢と人生は音を立てて崩れ、信じてきた人間に裏切られて見捨てられ、自分たちの無力さにもがき苦しむ…。

確かに辛い映画だ。苦しい映画だ。胸が張り裂けそうな映画。涙なくしては見られない。怒りに震えるひともいるだろう。その一方で、この映画の不思議なところは、思わず噴き出してしまったり、笑い声があがったりする場面も少なくないところ。映画を見に行ってこんな体験をしたのは今回が初めてかもしれない。あまりにも恐いホラー映画を見たときに、逆に笑って誤魔化している観客を見かけるが、あれに近いのかもしれない。この映画が持つ本来の重苦しさの中にあって、人間という生き物の愚かさや滑稽さを自嘲し、声に出して笑ってしまうことで、観客たちは何とか心のバランスを保とうとしているからなのかもしれない。もしくは製作者側が意図的に「(観客たちが)水面に顔を出して息継ぎをする時間」を与えてくれているのかもしれない。雑誌バラエティが、この映画を「MESMERIZING PSYCHOLOGICAL THRILLER(魅惑的な心理的スリラー)」と評しているが、その通りだろう。実際に起きた事件の中で、シャチによって故意に水族館のプールの底に沈められてもがき苦しんだトレーナーたちの様に、この映画の観客たちは息の詰まるような苦しい時間を過ごすのだが、その上映時間の90分はあっという間に過ぎていく。

それでもラストシーンを見終わったときに「ああぁ~見てよかった~」と心の底から思えるような、何とも言えない不思議な力を感じさせる作品だ。そんな苦しみの果てに、彼らトレーナーたちが最後に目にしたものと、その神々しいまでの美しさ…。印象的なラストシーンが心に染みる。

それにしても、われわれ人類というのはなんと罪深い生き物なのか…。そしてどこまで盲目な生き物なのか…。自分たち人類の存在価値が根本から問われるような作品だが、これは決して、水族館とシャチショーだけの問題ではないように思える。今地球上で起きているありとあらゆる人類の悪行全てに共通しているのではないだろうか。信じがたいことに、人間を3人も殺めてしまったシャチのティクリムは今日も水族館のショーに出続けている。何億円、何十億円という利益のために…。愚かな人類は、失敗を認めず、学ぶことが出来ないまま同じ過ちを繰り返す。

これって過去何十年もの間、地球上のどこかでいつも聞いてきたような話ではないだろうか。原発、核兵器、軍需産業、石油利権…人類の欲望が倫理を凌ぐ事例という意味で、決して無関係ではないことに思えた。現在騒がれている米国のシリアへの軍事介入とて同じことだろう。

子供の頃に動物園でパンダは見るのが好きだったお母さん、今週末にお子様を水族館のシャチショーに連れて行こうと考えているお父さん、犬やネコを飼っているあなた…動物を愛しているひともいないひとも、全ての人間に見て欲しい衝撃のドキュメンタリー映画『ブラックフィッシュ』。

この夏話題のハリウッド映画『パシフィックリム』や『マン・オブ・スティール』もいいんですけど、それらの映画こそがまさに「水族館のシャチショー」なんです。あまり作り物ばかりに踊らされずに、しっかり現実と向き合うことも大切です。また「作り物」という点で、個人的にはCGで描かれた動物が出てくる作品は苦手なのですが、ディズニー映画の大ヒット作『ファインディング・ニモ』(2003年)の続編『ファイング・ドリー』(2015年公開予定)の製作者達は、この映画を見て急遽エンディングを変更したというほど、同映画は各方面に大きな影響を与えているようです。そしてあの大ヒット映画『アバター』を実写化すると実はこの作品になるのではないかと思うほど共通点が多く、この映画を見るべき観客層もアバター以上に広くあるべきだと思いました。アバターのような「フェイク」ではなく、映画『ブラックフィッシュ』の「現実」にこそ、老若男女全ての人々が見るべき価値があり、こういう作品こそが人類の未来にとって大切なものなのだと思います。

映画『ブラックフィッシュ』が日本で公開されるかどうかはまだ分かりませんが、アメリカの映画はハリウッド映画だけではないんです。本当に見なくてはいけない貴重な映画に限って日本には届けられないという残念な現実もあるので、日本の皆さんも機会があれば是非ご覧になっていただきたいです。単なる「映画」ではなく、人類が向き合わなくてはいけない「現実」がここにあります。(ちなみにアメリカ国内では8月26日にDVD発売、10月24日にCNNで放送が決定しています。)

そして今後、テレビでも水族館でも、シャチを見る機会があるときは、そのせびれの形が異常に気になってしまう作品です。

映画『ブラックフィッシュ』オフィシャルサイト(英語)