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June 2014


WWWは世界ウェブ大戦の略!? アメリカ合衆国国土安全保障省の元諜報員らが開発した世界規模のサイバーアタックマップがすごい

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WWWは世界ウェブ大戦の略!? アメリカ合衆国国土安全保障省の元諜報員らが開発した世界規模のサイバーアタックマップがすごい

英語では第一次世界大戦を「WW1」、第二次世界大戦を「WW2」等と略しますが、こんなモノを見てしまうと、ワールドワイドウェブを表す「WWW」は、本当は世界大戦のスゲーやつなんじゃないかと思えてきます。

この数年、サイバーアタックなんていう物騒な言葉がメディアを騒がせていますが、実際に視覚的に見てみないことにはなかなか実感できるものではありません。そんな中、グーグルによるデジタル・アタック・マップや、ロシアのセキュリティソフト会社・カスペルスキーによるCYBER THREATS MAPなど、すでに何種類かのサイバーアタックマップが公開され、その実態が素人の私たちにも少しずつ分かるようになってきました。

そして本日ご紹介するのは、アメリカ合衆国国土安全保障省(U.S.Department of Homeland Security、略称:DHS)の元諜報員が設立した、マルウェアやスパイウェアを監視する米国の会社「NORSE」が開発したリアルタイム・サイバーアタックマップ。公開済みのものがDDoS攻撃などに限定されているのに比較すると、こちらは常時8種類以上の攻撃タイプと合わせて、攻撃が発生したロケーションやIPアドレスまでが時系列で表示される。

「NORSE」のリアルタイム・サイバーアタックマップはこちら

このマップが表す通り、今現在も、世界中で、秒単位で、誰かしらの手によって、政府や企業のネットワークが侵入されてはデータが盗まれたり、システムの機能が遮断されたりといった行為が繰り返されているわけですが、日頃ニュースで取り上げられている通り、攻撃の発信元も攻撃の対象も、断トツでアメリカと中国に集中しています。

香港時間で毎週月曜日のビジネスアワーは、中国が攻撃元の世界第一位となり、攻撃対象はアメリカに集中するようです。下記の一番目の画像は、香港時間の月曜日午後4時。セントルイスが猛攻撃されているのがわかります。下記の二番目の画像は、香港時間の月曜日午後1時半。シアトルとワシントンが集中的に攻撃されています。

中国からの猛攻撃に晒され、サイバーアタックの対象として世界第一位になっているアメリカも、攻撃元で世界第2位をキープしますが、その攻撃対象は中国以外にも中東諸国を含め様々。またワールドカップ開催期間中とあってかブラジルがときどき攻撃対象にあがってくるあたりにもリアリティを感じます。またこうしてみると、意外にも日本は攻撃元に表示される回数の方が多いような気がしますが、たまたまでしょうか。

…なんて書いているそばから、前代未聞の世界大戦が勃発か!?というのが最上部の画像。
時間は太平洋時間で2014年6月23日午前6時半。

いったい何が起きているのでしょうか…。
感の鋭い方ならお分かりかと思いますが、恐ろしい時代です。

さて、感の鋭いあなたは、下記のうち何が起きたのだと思いますか?

世界大戦のようなサイバーアタック 何が起きたと思いますか?

  • マカオのカジノを狙ったオンライン強盗
  • 某ハッカー集団による大規模無差別サイバーテロ
  • 遂に勃発か?米中戦争開戦の前兆
  • 米国株式市場のオープン時間を狙ったサイバーアタック
  • サイバーアタックマップが壊れた
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    「UNSETTLED」怪異アーティスト PETER ZOKOSKY個展 -「不明確」への詮索と確認 – ロングビーチ在住美術教授の不思議なアート

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    「UNSETTLED」怪異アーティスト PETER ZOKOSKY個展 -「不明確」への詮索と確認 – ロングビーチ在住美術教授の不思議なアート


    Image Courtesy of the artist and Koplin Del Rio

    初めてピーターに会った時のことを覚えている。

    それは3年ほど前、友人が開催していたロングビーチのアートショウでのことだった。ソファに座りながら携帯をいじっていた時、一人の男性が声をかけてきた。奥様と一緒にギャラリーを堪能していたその男性は、白髪まじりで温厚な顔つき、背が高く、こぎれいなワイシャツに身を包んでいた。第一印象は、まさしくジェントルマン。優しくて包容力のありそうな紳士だった。

    ピーターはロングビーチ在住のアーティストで、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校で美術教授を勤めている。この秋から、ラグナ・カレッジ・オブ・アート&デザインという南カリフォルニアの写実芸術を推奨する美術大学の学長に就任することが決まった。キャリアもスキルも申し分のないこの男性が、こんな奇妙で不気味なアート作品を制作していると知った時は、そのギャップの大きさに驚いたが、そのせいで彼の持つ魅力がよりいっそうアップした様な気がした。

    ピーター・ゾコスキーの絵画作品は、対象物を具体的に描き出す写実的な具象絵画である。その対象物はと言えば、ギミック人形、乳児、猿など、一見何の変哲もない見たことのあるものばかりだが、どれもどこかおかしな雰囲気が漂う。 表面上は静寂としている美しい絵画なのに、ミステリアスで、不可解で、観る者をちょっとナーバスにさせるような不穏感が内面に秘めている。気がついたのが、どの対象物にも表情がないということ。人形はまだしも、赤ん坊の絵にも感情が読み取れない様なものばかりなので、観ている方としては困惑してしまう。

    しかし、それがピーターの意図するところ。不気味な対象物を通し、何か解らないもの、突き止められないものを表現することで、観客に「不明確さを確認する」という不思議な行為を体験させているのである。

    今回開催されるアートショウのタイトルも「UNSETTLED(動揺させる)」ということで、作品コンセプトの意図が前面に押し出されていると感じ、納得した。

    そして今回、来週に控えた個展を前に、ピーター・ゾコスキーご本人と話をする機会がありましたので、こちらにご紹介させていただきます。

    ピーター:「今回の個展『UNSETTLED』は肖像画に重点を置いているんだ。わたしは長いこと肖像画を描いてきたんだけど、人間の顔を描くのが好きなんだね。人間っていうのは本当に魅力的なんだよ。街中で人々とすれ違う時に、「いい顔だ、描いてみたいな」って思うことがよくあるんだ。今回の個展にこのようなタイトルをつけたのは、わたしは人間の不安定な表情に深い興味を感じるからなんだ。見ていて居心地が悪い表情というわけではなくて、観る者が少し不意を付かれるような表情。どういうわけか、そういう表情により大きな魅力を感じるんだよ。わたしの描く肖像画を観たひとが、ちょっとした不安定さや心を掻き乱されるような気持ちを自分の内面に感じて、少しでも長くその感情について考えてもらえたらいいと思う。」

    見た目の美しさだけではなく、外見に少々ひねりを入れることで観ている方の興味を引き、不確かな何かを考えさせるという面白い調味料を作品に加えているようだ。さらに、乳児の絵画テクニックとギミック人形制作のプロセスについて、ピーターは続ける。

    ピーター:「作品には乳児をたくさん起用しているが、それは赤ちゃんがかわいらしいので大好きという訳ではない。乳児は丸く柔らかそうで、実は描くのが容易ではない。さらに表情もよくわからないので、怪しい感じがする。ギミック人形にも似たような印象を受けた。人形はお店で購入したものを使い描こうと思ったのだが、気に入った物が見つからなかったので、全てハンドメイドで制作した。後はベビーザらスに行って、人形の服を購入し着飾ったんだよ。人形の表情は自分で作った方がオリジナルで興味深いものができあがると思ったのでね。」

    もう一つ、ピーターの作品で特徴となっているのが、彼の持つ油絵の技術だ。古典的な筆使いで作品は見事なまでの仕上がりとなっており、人々の関心を引きつけるのに十分なテクニックである。彼は写実的な技術を利用することと、ロサンゼルスで広がりを見せる写実アートの背景についてどう考えているのだろうか。

    ピーター:「ロサンゼルスでの写実絵画は大きく広がっていて、とてもエキサイティングだと思う。良い技術持つ、特に若い画家を見ることが多い。だけど、そこで問わなければならない問題は、『では、その技術を使って何を表現しなければいけないか?』ということだ。様々なすばらしい画家に会っても、何か物足りないと感じることもある。絵画技術はとても大切だと思う。多くの者は、そこから発想も広げていくだろうね。その様な細やかな感性がアイデアに交差していくのではないだろうか。また、抽象画にも特に反対することはないけれども、視野の狭い芸術思想には反対だ。大切なのは、方法や選択を常にオープンにしてあげることではないかと思う。」

    なぜ彼はこれほどまでに不気味でミステリアスなものに魅了されているのだろう。この不確かなものを確かめるという行為に隠された本意はなんなのだろうか。

    ピーター:「不明確なものを表現するというのは、面白いチャレンジだ。だけどそれは画家としての戦法やアイデアという訳ではなく、ただただ興味深いと感じるだけさ。小さい頃から恐ろしいものや不思議なものが好きだった。ちょっと異なるもの、期待できないものが好きで、アプローチしても何が起こるかわからないものって面白いでしょう。ストーリーの流れが丸わかりの映画なんかよりも、もっとプロセスを楽しむことができる。しかも、私にとってはオーディエンスも自分の絵のようにミステリアスなものなのだしね。」

    話を聞いていて、ピーターが大きな子供のようであると感じる。子供が親にあれこれ質問を繰り返すように、彼も不確かなことへの追求が未だに終了していない、「脳のある子供」に成長しているだけ、というような。そう考えてみれば、彼の作品は不気味さに加え、自身の興味と疑問を問いかけている純粋ささえも垣間見える作品なのではないだろうか。

    怪異アーティスト、ピーター・ゾコスキーの個展は、ギャラリーKOPLIN DEL RIOにて6月28日(土)より1ヶ月間開催。不気味で摩訶不思議の世界を体験してみたい。

    Peter Zokosky: Unsettled: Portraits by Peter Zokosky

    Exhibition dates:

    AMERICAN APPAREL – アメリカンアパレル最高経営責任者ダブ・チャーニー氏が解雇!!

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    AMERICAN APPAREL – アメリカンアパレル最高経営責任者ダブ・チャーニー氏が解雇!!

    1989年に創業開始したアメリカンアパレル。1997年からロサンゼルス・ダウンタウンを拠点に、その革新的な社風を武器に急成長させ、いまや世界中に280店舗を持つ 一大有名ファッションブランドにまでに育て上げたアメリカンアパレル最高経営責任者ダブ・チャーニー(DOV_CHARNEY)

    従業員をモデルに起用した猥褻スレスレの奇抜な広告を制作するなど、創造性豊かなマーケティング手法で消費者を楽しませつつも、GAP、FOREVER21、H&M、ユニクロなどをはじめとするファストファッションによる労働者搾取には断固として反対の姿勢を掲げ、自社の工場労働者には自給12ドル(中国の同業の労働者は時給40セント)という破格の賃金を保証しながら「メイド・イン・アメリカ」を貫き通してきた。同時に、移民者の権利、労働者改革、ゲイコミュニティのサポートなど、単なるアパレル会社にとどまらない企業理念を掲げるアメリカンアパレルのファッション業界への影響や社会的影響も計り知れない。その一方で、過去には不法移民の雇用や、ダブによる従業員に対するセクシャルハラスメント等が取り沙汰されたり、経営難によって同社が破産スレスレまで追い込まれるといった苦境が続く面も見られていた。

    そんな、良くも悪くもロサンゼルスを代表するファッション業界のアイコンとして知られるダブ・チャーニー氏が本日、取締役会の決議によって「正当な理由」をもとに、代表取締役および最高経営責任者としての地位を解除されることが決定し、本日から30日の猶予期限を以って、自らが作り上げた会社を事実上、追い出されることになった。なお、経営難に苦しむアメリカンアパレルでは、今年に入ってから経営の建て直しの一環として、筆頭株主であったダブの株式保有率が44%から28%まで下げられたばかりでもあった。

    暫定的にCEOに就任するのは、元オールドネイビー社の副社長兼最高経営責任者であり、2011年2月にアメリカンアパレルの副社長兼最高財務責任者(CFO)に就任したジョン・ラットレル氏(JOHN LUTTRELL)。また取締役会議長(会長)には、アラン・メイヤー氏(ALLAN MAYER)とデイビッド・ダンジガー氏(DAVID DANZIGER)の両人が就任する。

    今回の決定に対してラットレル氏は「ダブはアメリカンアパレルをここまで創りあげたが、会社はひとりの力ではどうにもならない規模にまで大きく成長した。私たちはアメリカンアパレルの未来に大きな自信を持っている。」と述べた。また同社は今後、早急に新たな最高経営責任者を選定する予定であり、取締役の一人であるダンジガー氏は「後継者は優れた能力を持った人物になるだろう」と述べている。

    ラットレル氏は「私たちは、世界で最も知られたファッションブランドのひとつであり、どこにも負けない従業員に恵まれている。私たちには刺激的な未来が待っている。私たちのビジネスの核である、アメリカブランドによるデザイン・製造・販売業は、アメリカ国内はもちろん世界市場においても、さらに力強くより大きな成長を続けるだろう。アメリカンアパレルの物語の新たな章は、これまでにない最も刺激的なものになるだろう。」と述べた。

    また同氏によると、これまでダブが築き上げて来たアメリカンアパレルの根幹となる企業理念「スウェットショップ・フリー(労働者搾取環境排除)」と「メイド・イン・アメリカ(米国内生産)」の哲学を今後も継承していくとしている。

    なお、現時点でダブのコメントは発表されていない。


    Photo Courtesy of American Apparel

    BROWN SABBATH (ft. ALEX MAAS) によるBLACK SABBATH『HAND OF DOOM』『魔法使い』カバー10″限定カラー盤がリリース

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    BROWN SABBATH (ft. ALEX MAAS) によるBLACK SABBATH『HAND OF DOOM』『魔法使い』カバー10″限定カラー盤がリリース



    Copyright © 2014 Ubiquity Records All Rights Reserved.

    テキサス州オースティンベースのバンド「ブラウンアウト」のオルター・エゴ「ブラウン・サバス」が、ハードロック&ヘビーメタルのゴッドファーザー「ブラック・サバス」の曲目をカバー。「ブラック・エンジェルス」のシンガーであるアレックス・マーズをフィーチャーした『ハンド・オブ・ドゥーム HAND OF DOOM』、裏面に『魔法使い THE WIZARD』を収録。10インチ限定カラープレスはSOLD OUT必至。フルレングスLPは今月末に発売予定。

    Bandcamp: http://bit.ly/1xeDKD6
    Ubiquity Website: http://bit.ly/Rl4mSv

    禁酒法時代の名残が残るL.A.ダウンタウン最老舗ダイブバー HANK’S – ロサンゼルスの「生き残り大衆酒場」には愛が溢れている

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    禁酒法時代の名残が残るL.A.ダウンタウン最老舗ダイブバー HANK’S – ロサンゼルスの「生き残り大衆酒場」には愛が溢れている



    Photos by Yuki Toy/JAPALA MAGAZINE

    文化は20年の時を経て再び繰り返すという。ここアメリカでもそれは例外ではなく、ちょっと前までは、ヴィヴィッドなカラーを多用したハイカット・ハイウエストデザインのファッションが流行し、 デジタルビート・サウンドを多用する音楽がマーケットを占めるなど、80年代を思い起こさせる文化が目立っていた。しかし、その流行もすでにローテーションが始まり、既存の文化に新たな色を加えた次なるニュームーブメントの扉が開かれている。

    さらにロサンゼルスは多民族都市であるため、新しい文化の上に、これまた外からの文化をフュージョンさせたユニークな衣食住スタイルが存在する。独創的で面白いが、こってこてのアメリカンカルチャーを観光で楽しみたい人にとっては、ここロサンゼルスよりも、サブアーバン(郊外)へ行った方が、アメリカらしいアバウトで面白い体験ができるのでお薦めだ。

    ロサンゼルスの酒場文化もまた著しい変化を遂げている。

    10年ほど前までホームレスで溢れかえっていたダウンタウンも、今では小洒落たレストランやパブで賑わっている様子。特に目立つのが、ダイブバーらしさを強調させた粋な飲み屋。

    ダイブバーとは、日本で言う大衆酒場のような場所で、ちょっと仕事で疲れたおじさんが一人でビールを飲んでいたり、近所からふらふらと何杯か飲みにきましたという客が集まる様な、昔ながらのアットホームなバーだ。

    現在、そのダイブバー文化をフュージョンさせたオシャレ重視のバーが増えている。ダイブバーとは本来、ハイカラなんて言葉とは無縁なものなのに、そんな要素もニューウェーブとして利用してしまうところが、ロサンゼルスらしいと言えなくもない。

    ダウンタウンに、昔よく行っていた本物のダイブバーに近い「キング・エディーズ」というバーがあった。

    背中に哀愁のただよわせて昼間からちびちびやっているおじいさんや、男性客をひっかけにやってくる売春婦の女性を見かけるようなバーだったが、2012年12月に他のバー・オーナーから買収され、現在は、名前はそのままに、今風の「小洒落た」大衆酒場へと変化してしまい、客層もファッショナブルな若者が多くなった。

    もちろん飲み代も跳ね上がる。ついこの前までは手に10ドル札さえ握って行けば、いい感じに酔っぱらう事ができたのに、ちょっと悲しい。

    そんな進化を続けるロサンゼルスのバー文化に逆流するかのように、根強く生き残るプリミティブなバーがダウンタウンにたった一つだけ存在する。

    「ハンクス HANK’S」はローカルの人々にサポートされる、安くフレンドリーな「リアル」大衆酒場。1920年頃のアメリカの禁酒法時代からその場に居座り続けていると言うから驚きだ 。まさにトゥルーレガシー。生粋のアメリカンバーが、ここロサンゼルスにも生存する。

    リアル大衆酒場という事で、LAっぽいオシャレ感は微塵もないと言っていい。ここにあるのは生活感と人間味。発展を続けるダウンタウンでは買収や売却は当たり前だが、ハンクスのオーナーはこの古ぼけたバーを売る気なんてさらさらなく、そんな話はもちろん断固として拒否。この頑固さも、ローカル陣から慕われている理由の一つなのだろう。

    客層は幅広いが、必ず見かける常連客がかなりの割合を占める。おごりおごられは当たり前、ハンクスには知らない人とでも危険を感じることなく話す事ができるアットホームな魅力がある。誰もが緊張せずに楽しめるよう、客層を引っ張るリーダーとして欠かせない存在が、この店の顔であるバーテンダーのデビーだ。(最上部写真)

    デビーはハンクスのマドンナである。生まれも育ちもロサンゼルスである彼女は、10年間ほぼ毎晩ここでバーテンダーとして働き、私生活では7才の息子と一緒に暮らしている。趣味は息子とのファーマーズマーケットデート。一緒にお買い物している時がこの上なく楽しいらしい(「彼は私のビッグマンなの!」)。

    タフなルックスそのまま、彼女のバーカウンターで暴言を吐いたり無礼な態度をとれば、確実に追い出される。実際に、彼女に向かってロサンゼルスをボロクソに非難していたコロラド州出身の男性が店から追い出されるのを目撃した。その男は酔った勢いもあり、大声でかなりわめいている。「さっさと穴ぐらに帰りなさいよ!」。その男が出て行った後、他の客層から拍手が巻き起こった。

    何かしらの事件が頻繁に起こるハンクスだが、そんなデビーの姿を見ていて面白いし、何があっても彼女や常連客がお互いを守り合っているのが何とも頼もしい。(ちなみにこの男は1時間後にハンクスに戻り、デビーに謝った後、バーの片隅で一人ヘコみぎみに飲み続けていた。何なんだ、一体。)


    身内の結束ができあがっており、外者は仲間はずれといった印象を受けるかもしれないが、それは違う。 ハンクスは、小さな町特有の外部者を受け入れない鎖国的感情を持っている訳ではない。その辺は、多民族の大都市ロサンゼルスの良い所をしっかりと受け入れ、周りに対し大きな理解を持っている。このコロラド男の場合は、酔っぱらって暴言を吐き、他の客の迷惑になっていたのでデビーが追い出したまでである。

    「最近は、必要以上にお酒が高く、チャラチャラとドレスコードまであったりするバーも多いけれど、私たちはそんなのとは全然違うの。普段通りのまま来てもらえればいい。女の子だけで来てもらってもへっちゃらだよ、だって私と常連客が必ず守ってみせるからね。」

    デビーは続ける。

    「ここは私のホームなの。この大きな街で疎外感を感じるなら、いつでもここに来ればいい。」

    古きものは良き物と一概にいうことはできないが、都会に擦れずに変わることのない人間味が、ここハンクスを愛の溢れる場所にしていることは間違いない。

    ※ 「HANK’S」は、2015年2月7日午前0時を持って閉店しました。

    Hank’s Bar
    840 S

    オバマ大統領 ジムでの筋トレ姿を盗撮される

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    オバマ大統領 ジムでの筋トレ姿を盗撮される

    ポーランドを訪問中のオバマ大統領が、滞在中のホテルのジムで筋トレをしている姿が盗撮されてネット上に流出し、話題になっている。

    アメリカ合衆国大統領が、外国の地で一般人に紛れて筋トレをしていることも驚きだが、ワルシャワでの演説を終えて緊張感が抜けたのか、ロシア軍の大半がウクライナ国境から撤退して安心したのか、あくびをしている姿までが収められている。また動画の最初のシーンでは、ヘッドフォンから流れる曲に合わせてカラダを揺らしているのが見えるが、どんな曲を聞いているのか気になるところ。セキュリティが心配されるが、クロストレーナー中のオバマ大統領の背後にはシークレットサービスらしき男性の姿も。ただし、盗撮には気づいていないようだ。

    大統領のプライベートでの無防備な姿が簡単に盗撮されてしまったため、セキュリティ上の問題を指摘する専門家の声も少なくないが、現時点ではホワイトハウスからのコメントはまだ出ていないようだ。

    多忙を極める大統領職だけに、日々のトレーニングも欠かせないオバマ大統領。目指すはスーパーマン?がんばれバラク・オバマ。…

    『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』北米版 第1~13話 収録 ブルーレイ+DVD 本日発売

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    『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』北米版 第1~13話 収録 ブルーレイ+DVD 本日発売


    こちらアメリカでも人気の日本アニメ『進撃の巨人 – ATTACK ON TITAN』。2012年6月に、コウダンシャ・コミックス・USAより英語版の漫画が発売開始され、2014年1月時点で累計66万部を記録しているほか、日本国内で放映されていたアニメの英語字幕版が、CRUNCHYROLLHULU等でほぼオンタイムで閲覧可能だったので、コアなアニメファンの間では、本格的なテレビ放映以前からすでに話題になっていた。

    「2014年上半期の漫画販売数があの『ワンピース』を超えた」「『デスノート』『学園黙示録』の荒木哲郎監督作品」といったニュースに、アメリカ国内のジャパニーズ・アニメファンの期待も高かった 北米版アニメ『進撃の巨人 – ATTACK ON TITAN』が、今年2014年5月3日より、北米アニメチャンネル「アダルトスイム」TOONAMIにて、ついに全米で放映開始された。毎週土曜23:30-24:00という枠は、現在すでに放映中の『ワンピース』『鋼の錬金術師』『ブラック・ラグーン』『スペース☆ダンディ』よりも、早い時間帯とあって、その人気の高さがうかがえる。

    11:30 p.m. Attack on Titan
    12:30 p.m. Space Dandy
    1:30 a.m. One Piece
    2:30 a.m. Black …

    「トゥパック・シャクール最後の言葉」- ヒップホップ史に残る重大事件が起きた夜、最初に事件現場に到着した警官の新たなる告白

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    「トゥパック・シャクール最後の言葉」- ヒップホップ史に残る重大事件が起きた夜、最初に事件現場に到着した警官の新たなる告白

    フラミンゴ・ロードとコヴァル・レーンの交差点で銃声がして、おそらく犠牲者が出たであろうという無線連絡が入ったのは、午後11時15分過ぎだった。 暴走する数台の車はすでにフラミンゴ・ロードでUターンをして西に向かい、マキシムホテルから通報をした自転車警官はその一団を追いはじめた。彼らはすでに追いつけないほど遠くまで逃げていたが、それでもラスベガス通りを左折するのだけはなんとか確認できた。

    クリス・キャロルは、ラスベガス市警バイクパトロール課の巡査だった。12人の警官が彼の指揮のもと、2人1組でパトロールにあたっていたが、1996年9月7日の夜に限っては、キャロルは単身で行動していた。土曜日の夜ともなると、ラスベガスの大通りは決まって渋滞だったが、ほんの2、3時間前、MGMグランドで、マイク・タイソンがブルース・セルデンを1ラウンドKOしたその夜の混乱は、さらに酷かった。その大渋滞の中に、その車の一団がいて、おそらくそのうちの一台に銃撃犯が乗っていた。

    キャロルは、彼らを阻止するために北へ向かった。「俺は『どうしたらヤツらを止めることができるんだ』って考えていたんだ。」と彼は言う。「いつもならホイッスルを使うか応援車両を呼ぶんだけど、俺はヤツらを追いかけながら考えていた。相手は逃走中で、車は複数台。もう少しで追いつけるところだった。」

    *****

    トゥパック・アマル・シャクール(2パック)の死に纏わる話は、ラスベガスで彼が撃たれた夜から18年のあいだ、何度となく語られてきた。新聞や雑誌の記事、書籍、ドキュメンタリー、ウェブサイトが、そのラッパー兼俳優の未解決のさつ人事件についてまとめたり、分析したり、詮索したり、商品化するなどしてきた。その内容は、慎重に書かれた記事から過激な陰謀論まで様々だ。中には、本当はシャクールは死んでいなくて、キューバ、ニュージーランド、タスマニア、さらにはペンシルベニアなどで生活をしている、といった報告を信じている人々もいる。

    銃撃から6日後、シャクールが25歳で死ぬと、彼はあっというまにスターから伝説へと化した。彼はその軌跡によって、ジェームス・ディーンやマリリン・モンロー、ジミ・ヘンドリックス、カート・コバーンといった、人気絶頂期に死んだ他のセレブリティたちの仲間入りを果たした。もし今まだ生きていたらどうなっていたのかという想像が人々を刺激し、生前の強烈な輝きは決して消えうせることがない。

    1993年にシャクールが主演した映画『ポエティック・ジャスティス/POETIC JUSTICE(原題)』の監督を務めたジョン・シングルトンが、常に論争の中心にいたこのヒップホップスターを題材にした映画を監督する予定で、今年後半に制作がはじまる。またトゥパックにインスパイアされたミュージカル『ホラー・イフ・ユー・ヒア・ミー/HOLLER IF YA HEAR ME(原題)』が、今年6月19日からブロードウェイで公演される。しかし、シャクールの生と死がどれだけ注目されようが、銃撃事件があったあの夜、最初に現場に駆けつけた警官の話は、まだ誰も聞いたことがない。

    *****

    クリス・キャロルは、2010年に引退した勤続23年のベガス市警のベテランだった。彼は私(ショーン・デフランク:本記事の筆者)の従兄弟でもある。2、3ヶ月前のこと。私が彼と一緒にビールを飲みながら過ごしていたその夜、彼は平然と話をしはじめた。彼から警察関連の興味深い話を聞くのはそれが初めてではなかった。何年もそういう話を聞いてきたが、このある特別なエピソードに限っては、これが単に彼の記憶の奥深くに根差しているというだけではなく、私たちの文化にも根深い繋がりがあることを知った。

    その忘れもしない夜、彼は午後3時から10時間交代の勤務中で、その夜、タイソン対セルドン戦が開催される予定のMGMグランド周辺で、試合終了後に予想される混乱に備えていたという。

    「タイソンの試合があるときはいつも、ポン引きと売春婦とギャングが集まるスーパーボウルみたいなものさ。」とキャロルは言った。「そいつらのほとんどは試合なんか観戦するわけじゃない。大通りもホテルもどこもかしこも、ギャングだらけになる。当然、試合が開催されるMGMは、まさにその中心地で、何が起きても不思議じゃない状態だった。」

    「夜はまだ始まったばかりだけど、絶対何か悪いことが起きるって、空気からも感じるんだよ。どれだけ空気が穏やかだろうが、それは嵐の前の静けさでしかないんだ。」

    *****

    それは暴力事件が起きるのが当たり前の夜だった。タイソンがMGMグランド・ガーデン・アリーナに入場してリングに向かうと、拡声器から「ロード・トゥ・グローリー」が流れてきた。シャクールがこのボクサーのためだけに書いた曲だ。タイソンが1992年のレイ○容疑がかけられた事件で3年間服役していたあいだに、ふたりは手紙のやりとりを通じて友人関係になった。1994年12月1日には、シャクール自身も、重度の性的暴行罪によって、ニューヨークで有罪判決を受けた。マンハッタンレコードのスタジオのロビーで5発の銃撃を受けた翌日のことだった。シャクールは、1995年2月から服役したが、それはタイソンが釈放されるより約一ヶ月前のことだった。

    1996年3月16日のMGMグランドガーデンアリーナ。タイソンが3ラウンドKOで、フランク・ブルーノを下し、WBCヘビーウェイトチャンピオンに返り咲いたとき、リング外から最初にタイソンに祝福の声をかけた人物がシャクールだった。(これはタイソンにとって釈放後3度目の試合だった。)そして、この日は、友人のタイソンが、セルドンからWBAのベルトを奪取するのを見届けるため、シャクールはラスベガスに戻ってきた。ファイターとラッパーの二人は、その夜の試合の後、シャクールがライブをする予定だったCLUB662で会う約束をしていた。

    シャクールとタイソンの友情は、社会から誤解された男という共通点によって固く結ばれていた。そう語るのは、コロンビア大学助教授であり、ハーバード大学W.E.B.デュ・ボイス研究機関で、ヒップホップ保存記録の特別研究員をしているクリストファー・エムディンさん。

    「ボクシングリングの中のマイク・タイソンは、音楽業界の中のトゥパックと同じ立ち位置だったんだ。」とエムディン助教授は言う。「タイソンが出てきたとき、彼は若くて生意気で堂々としていて、思ったことは何でも口にし、どんな相手も一発で倒し、その肉体的な凶暴性は世界を圧倒すた。そして、そんな黒人が存在するという事実を人々は恐れた。トゥパックがはじめて、デジタル・アンダーグラウンドの一員として登場したとき、彼もまた大胆で、悪びれず、イラついていて、威圧的だった。彼の存在自体が、アメリカの白人社会にとって無視出来ない脅威だった。」

    アメリカ人の多くは、タイソンとシャクールの両者に対して、愛情と嫌悪の両方を持ち合わせていた。クレイジーで攻撃的な黒人の象徴を、どこかで恐れながらも、強く熱望したのだ。

    「それは、タイソンが今日の姿に至るまで、様々な影響を及ぼしてきた。」エディソン助教授は言う。「彼らはタイソンが、あっという間に敵を倒す超攻撃的な荒くれ者から人間的に成長するチャンスを与えなかったんだ。それと同じことを、トゥパックにも求めた。トゥパックが、『ディア・ママ』を歌ったり、ブラックパンサー党や黒人権利拡大運動について話をすれば、そのイメージを剥ぎ取り、メディアでは単なる超攻撃的な怒りに満ちた悪党として扱いたがった。」

    「タイソンとトゥパックを結びつけるのは、二人が刑務所と業界の両方の経験があるということだ。しかも、その両方が彼らを嫌うと同時に必要ともしていた。なぜなら、黒人として生きることが酷いことだと感じることで、自分を満たしたいからなのだ。

    トゥパックは、常に自分に与えられたイメージと戦わなければならなかった。そこには矛盾があった。彼はワルの代表でいたかったが、それよりも大きな何かになりたがっていた。それと同じものが、マイク・タイソンのボクサーとしてのキャリアを終わらせたのだ。タイソンは、スーパーボクサーになりたかったが、同時にギャングになりたかったために、キャリアをダメにした。彼は、本来の自分と世界中が彼に求めるタイソン像のギャップをうまくハンドルすることが出来なかったのだ。それは、トゥパックにとっても同じことだった。

    世界からこの矛盾を求められた人間は自己崩壊してしまう。それは避けられないことなのだ。なぜなら、一度にひとつ以上のことをすることは許されないからだ。トゥパックは、タイソンも自分と同じ状況にいることを察知していた。だからこそ二人にはあんなにも共感しあったのだ。」

    *****