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August 2014


通称「マイケル・ブラウン法」に1週間で15万の署名 – 全米で警官のウエアラブルカメラ装着義務化運動 – その実力と効果はいかに?

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通称「マイケル・ブラウン法」に1週間で15万の署名 – 全米で警官のウエアラブルカメラ装着義務化運動 – その実力と効果はいかに?


2014年3月に発生したニューメキシコ州アルバカーキ警察によるホームレス殺害事件でのウエアラブルカメラ映像

先月、ミズーリ州セントルイス・ファーガソン地区で18歳の黒人少年マイケル・ブラウンが射殺されて以降、警官はウエアラブルカメラを装着するべきだとする意見が相次ぎ、これを「マイケル・ブラウン法」として法案化するホワイトハウス宛ての嘆願書に対して、一週間で15万件もの署名が集まっている。これに対して、すでに各州の警察が、ウエアラブルカメラの導入を検討または決定しはじめているようだ。

一般消費者向けのウエアラブルカメラとしては、GoPROグーグル・グラスなどが有名だが、現在全米の警察が導入を検討しているのは、SWAT等を含む警察機関や米軍特殊部隊の突入部隊用に専門的に開発されているもの。具体的には、高圧電流による非殺傷性兵器テーザー銃で世界的にも有名な「テーザー社」、またこの分野に特化しており、すでに各州の交通警察などが導入、ファーガソン事件以降、最も注目を浴びている「デジタル・アリー社」、そして警察や軍での使用実績もある「ウルフカム社」の3社に絞られていると言って良さそうだ。

テーザー社製 AXON FLEX / AXON BODY
オークリー社との共同開発によるサングラス型のPOVカメラ「AXON FLEX(アクソン・フレックス)」

ケンブリッジ大学による6ヶ月のパイロットプログラムと研究の一環として、テーザー社は、コロラド州デンバーのダウンタウン警察に100台以上を無料貸与しているほか、カリフォルニア州リアルト警察が約1年間に渡るテストパイロットを実施するなど、この数年、テーザー社は積極的にプロモーションや研究を重ねている。機能面でも、130度の視野(フレックスは75度のみ)、解像度は640x480のみ、バッテリー持続時間は12時間で、4時間までの動画保存が可能、動画データは専用ドックからEVIDENCE.COMへの自動アップロード保存。夜間・暗所での最低被写体照度は1.0ルクスまで対応(フレックスは0.1まで)、価格はアクソン・ボディが399ドルで、サングラス型のPOVカムであるAXON FLEXは、アクソンフレックスが599ドルで、オークリー社との共同開発製品。

デジタルアリー社製 FirstVu HD コンパクトボディカム / モニター付きボディカム

こちらのデジタルアリー社製ボディカムは、すでに全米各州の交通警察などが使用しており、実用性にも定評がある。薄型コンパクトサイズでHD高画質、130度の視野、解像度は1280x720まで、バッテリー持続時間は2日半、24時間~25時間の動画記録が可能。専用ドックからクライムセンターにアップロード保存。(※ FirstVuの次世代バージョンでは、リアルタイムのライブストリーミングとクラウドストレージが可能になる。)夜間・暗所での最低被写体照度は0.08ルクスまで対応、カメラ&ストレージとも防水対応。価格は795ドル。

また、これまでもいくつもの場面で活躍。下記のボディカム動画は、黒人少年トレイボン君を射殺した自称自警団員のジョージ・ジマーマンが、事件後にスピード違反で止められた際のもの。

< 関連記事 > 自警団員ジョージ・ジマーマンによる黒人少年トレイボン・マーティン事件 – 事件発生から無罪判決までの経緯

サングラスをしていても彼の顔がしっかり確認できる。ファーガソンの事件後、はじめて受注が入ったのもデジタルアリー社製のFirst Vu HDボディカムで、先日、ミズーリ州が、1.1億円で3年間の契約を正式に決定して話題になっている。またコロラド州警察も10月からの採用を決定したばかり。

警察のウエアラブルカメラ装着による驚くべき効果
イギリスやブラジルをはじめ、世界的にはウエアラブルカメラの装着がすでに採用されている国は多数あるが、上述のように、米国内でも警察機関がメーカーや大学などと研究を重ねた結果、ウエアラブルカメラを装着することで、警察官が武器を使用する機会が60%も減少した上、警察に対する市民からのクレームが88%も減る、という驚異的とも言える効果が立証された。…
自由に目覚めた時代のハリウッド映画を探しにカリフォルニアの荒野を走る70年代ロードムービーロケ地巡礼

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自由に目覚めた時代のハリウッド映画を探しにカリフォルニアの荒野を走る70年代ロードムービーロケ地巡礼

60年代後半から70年代にかけての映画の主人公は、最後に必ずあっと言う間の死を遂げる。観る者は、唐突で予想外の出来事にハッとし、終わった後はなんだかつかみ所の無い重い雰囲気に包み込まれる。

作品を支配する虚無感が特徴であるアメリカンニューシネマには、現実を見据えたセンチメンタルな若者の感情が描かれる名作が数多い。彼らは何かを追跡しているかのようで、背景となるアイテムとしては、やはりロードトリップやカーチェイスが目立っている。

周りなんか見えないほど地平の先まで突っ走れ!ということで、アメリカのドライな荒野を突き進みながら、70sロードムービーと共に、がむしゃらで丸裸の青春を謳歌したいんだ(やったあ!)。

そこで今回は、たった車一つで疑似体験ができる、映画の街ロサンゼルス周辺のロードムービー4本のロケ地をご紹介したい。ロサンゼルス空港に降り立ったその地は、すでに「イージーライダー」のオープニング。ディズニーランドに行く余裕があるのならその費用はガス代に、 サンタモニカで厚さ5㎝のステーキを食べる暇があるのならそのアパタイトはドライブインのしなびたハンバーガーで補って、熱い風を受けながら今すぐリアルな南カリフォルニア・ジャーニーにでかけよう。

『イージーライダー』(1969年公開)監督:デニス・ホッパー 出演 : ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン

ピーター・フォンダとデニス・ホッパーに脚本を取られた取られないで大揉めしたという逸話があるのは、作家で脚本家のテリー・サザーン。確かにオープニングのクレジットでは、脚本としてサザーン単独ではなく3人の名前がしっかり入っているし、一体誰がどうしたとは知る由もないのだけれど。この、ステッペンウルフの「ワイルドで行こう」のチューンとともに流れる有名なオープニングシーン、印象的な場面の一つとなるその一部がカリフォルニアで撮影されている。

# デス・バレー / バララット
Ballarat, Death Valley, California, 92328

ピーター・フォンダが腕時計を取り外し投げ捨て、これからの旅の思いを窺わせるタイトルクレジット直前のシーン。ここはアメリカで最も地形が低く、最も気温の高い場所、デス・バレー国立公園内のバララットというゴーストタウンである。そんなに大きなゴーストタウンでもないので、観光としても立ち寄り場としても簡単で最適。ここからは、お決まりのパターンで「ワイルドで行こう」をかけながら平地をぶっ飛ばすのが理想的。

# 橋
I-40 California/Arizona Border on Colorado River, near Needles

40号線を東へ進み、カリフォルニアとアリゾナの州境まで来た所に、タイトルクレジットのコロラドリバーをまたぐ景色がある。オープニングシーンの大半はアリゾナ周辺の様々な街で撮影されており、カリフォルニア内のロケ地となるのはここまで。ちなみに、イージーライダーのカリフォルニア撮影地は、冒頭に述べたLAXロサンゼルス空港(コカイン取引)、マリブ(ヒッピーコミューン)、そして上記2つの4箇所のみ。

『砂丘』(1970年公開)監督:ミケランジェロ・アントニオーニ 出演:マーク・フレチェット、ダリア・ハルプリン

棒読み台詞が生っぽくていい感じのヒロイン、ダリア・ハルプリンは先にご紹介した「イージー・ライダー」主演のデニス・ホッパーの元お嫁さんで、ホッパー同様に奇怪なオーラ全開。相手役のマーク・フレチェットは、本作品撮影終了から3年後に、とあるコミューンの一員として銀行強盗を働いて逮捕され、刑務所内にてウエイト・トレーニング中に重りが首に落下し、獄中で死去した。この曰くつきの2人が主人公だなんて、この映画が面白くないわけがない。本編の見所はピンクフロイドの音楽と共に織りなされる爆発シーン?それとも、アントニオーニお得意の、無駄な虚空間がアメリカの大地でフォーカスされたところか?いや、実はノンクレジットでどこかに出演しているハリソン・フォードをさがすところだ!(未だに見つけられない。)

# デス・バレー、ザブリスキー・ポイント
Zabriskie Point, …

9歳の少女にウージーサブマシンガンの撃ち方を教えていた教官の事故死 – 一般市民が犠牲になる銃事件続く

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9歳の少女にウージーサブマシンガンの撃ち方を教えていた教官の事故死 – 一般市民が犠牲になる銃事件続く


Screenshot / FOX NEWS

8月25日、アリゾナ州ホワイトヒルズのザ・ラスト・ストップ・アウトドア射撃場で、9歳の少女にウージーサブマシンガンの撃ち方を教えていたインストラクターのチャールズ・バカ(CHARLES VACCA)さん(39歳)が、ターゲットを目掛けて少女に一発撃たせたあと、「よし、次はフルオートだ!」と指示した。


ウージーサブマシンガンは、イスラエル初国産兵器として1951年に開発され第二次中東戦争で活躍。1981年のロナルド・レーガン暗殺未遂事件の際、ボディーガードであり、ジェームズ・ブレイディが使用していたのもこのウージー。(のちの銃規制法案「ブレイディ法」は彼の名前にちなんでいる。)ウージーサブマシンガンは、映画『007 美しき獲物たち』『ダーティハリー』『ダイ・ハード3』『あぶない刑事』『ターミネーター』『マトリックス』『男たちの挽歌』『バトルロワイヤル』など現在でも数多くの作品に登場する。

しかし、バカさんが指示を出した直後、少女が引き金を引いたと同時にマシンガンが反動で跳ね返り、少女が撃った弾丸がバカさんの頭を撃ち抜いてしまったのだ。バカさんはすぐにヘリコプターで近くのラスベガス大学病院センターに運ばれたが死亡が確認された。下記の警察が公開した動画は、最期の瞬間の映像は停止されているが、驚いて悲鳴をあげる少女の声で終わる。

ラスト・ストップ射撃場の運営者であるサム・サクラメント氏は、NBCニュースの取材に対し、「ほとんどの射撃場で、親の許可があれば、8歳以上が射撃の練習が可能だ」と話している。



ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント本社やソニーのスタジオで有名な街カルバーシティにあるガンショップ

なんとも背筋の凍るような映像だが、これは起こるべくして起きた事故と言えるだろう。

筆者が、以前取材でカルバーシティにあるガンショップを訪ねたときに、マヌケ面をした父親が得意げな顔で家族を連れて入店し、5、6歳の兄弟にそれぞれ銃を構えさせ、その横ではこれまたマヌケ面をした母親が、子供をそっちのけにして、真剣な表情で銃を構えながら、西部劇よろしく低い声で「バン、バン、バン…」と呟いていた。そこに若い店員がやってきて、まるでデジカメの使い方でも説明するように、銃の使い方の説明をすると、父親は言われるがままに薦められたハンドガンを2つ買って店を出ようとした。その帰りがけに、父親がこちらを見てニコニコしていたので「なんで買ったの?」と聞くと、自慢げに「プロテクションさ」と一言。

それは、2013年6月に起きたサンタモニカカレッジの銃撃事件があった翌日のことだった。

あくまで筆者の私見だが、銃好きのアメリカ人はたいていびびりで弱虫でマヌケ面だ。少し動画を探せば似たような家族はいくらでも出てくる。ちょうどこの動画のような感じだ。この動画の中の父親は、それでもまだ少しは知性がありそうに見えるが、ほとんどの銃好きはマヌケ面だ。ガンショップにはマヌケ面しかいない。このマヌケな父親も「ユタ州にきました。キッズたちが銃を撃ちたがってるので、子供たちに安全な銃の撃ち方を教える動画を撮ります。」とマヌケ面で話している。

驚くことに、このような光景は昼間のケーブルテレビの番組などでもいくらでも見られる。今回の事件の少女にしてみれば、親に連れられて言われるがままにマシンガンを撃つ練習をしてみたら、目の前でインストラクターの頭を撃ち抜いてしまったわけだから、一生拭えないトラウマに悩まされることは確実だろう。これもすべて銃好きのマヌケなオトナたちの責任だ。少女が自分を撃ってしまわなかっただけでも幸いと言うべきかもしれない。

下記は、テレビシリーズ『アホでマヌケなアメリカ白人』などで知られるマイケル・ムーア監督により、1999年コロンバイン高校での銃乱射事件を題材に、銃社会アメリカへ疑問を投げかけて社会的に話題になったドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』より、いかにしてアホで間抜けなアメリカ白人たちが銃を持つようになったかを説明するアニメ動画。

フロリダ州で起きた黒人少年トレイボン・マーティン射殺事件ファーガソンでの黒人少年マイケル・ブラウン射殺事件など、銃に関連する死亡事件・事故が後を絶えませんが、銃社会アメリカでの銃の扱われ方についてみなさんはどう思われますか?ぜひ下記のコメント欄にてみなさまのご意見をお聞かせください。…

ロサンゼルス在住者が知っておきたい「ロサンゼルス大地震」対策 – クロロックスのブリーチ剤やホイッスル、地震アプリで生き残る

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ロサンゼルス在住者が知っておきたい「ロサンゼルス大地震」対策 – クロロックスのブリーチ剤やホイッスル、地震アプリで生き残る

2011年3月11日の東日本大震災以降、ロサンゼルスにも大地震が来る可能性が非常に高いと言われている。その科学的根拠は定かではなく、これが噂の領域を出ないとしても、念には念を入れておきたいところ。今年に入ってから頻発していた微震がようやく収まっていたと思われていた矢先に、本日、サンフランシスコでマグニチュード6.1の大地震が発生。先週のメキシコ北西部での地割れにしろ、先日のUCLA周辺で起きた水道管破裂事故にしろ、西海岸に頻発する余震などの影響があると考えられなくもない。油断は禁物だ。

というわけで今回はロサンゼルスにおける地震対策について「ジャパラマガジン」がまとめてみた。西海岸で発生したものに限らず、多くの大地震が就寝中に発生している例が多いことからも、まずは下記の対策が重要。

①寝室・子供部屋には高さのある家具を置かない・必要な場合は壁に固定する
②ガラスを踏んでも問題のない底の丈夫な運動靴をベッドの近くに常備しておく
③避難時に動きやすい服を上下とも用意してベッドの下に常備しておく
④持ち歩ける水のボトルとビーフジャーキーなどの保存食を用意しておく
⑤スマートフォン・携帯電話・財布・予備の車のカギはベッドのそばに置いておく
⑥サバイバル・ホイッスル、着火装置・懐中電灯などの災害グッズを枕元に常備しておく。
⑦まず頭を守ることを徹底。ヘルメットを常備・地震の際に下に隠れられるテーブルなど。

瓦礫に埋もれた際、建物に閉じ込められた際などに、人間の大声を越える大音量を出して活躍するサバイバルホイッスルの威力はあなどれない。体力を消耗していたり、怪我をしていたりすれば、何時間にも渡って大声を出し続けるのは不可能だ。ただの笛ではなく、少量の息で大きな音量が出るサバイバル用のホイッスルを用意しておこう。意外な盲点だが、大きな災害になるほど、上空を飛ぶ報道用のヘリコプターの音によって、助けを求める声が掻き消されてしまう問題が指摘される。できるだけ大きな音量の出るタイプのものが良い。上記の商品『SOLスリム・レスキュー・ホウラー・ホイッスル(2個セット)』は、財布にも入れられほど薄くて小型で超軽量ながら、電車が走るガード下と同じ100デシベルの音が出る。家族の人数分をあらかじめ購入しておきたい。

特に今回のような大きな地震が起きると、スーパーから一斉に水がなくなるので、普段から用意しておくことが大切。また、意外と思われるかもしれないが、クロロックス社製のレギュラー・ブリーチには災害などの緊急時において、泥水を煮沸消毒できない場合でも、これを濾過する役割があるので、避難の際に家庭内で目についた場合は持って行くと良い。1ガロンに3滴、5ガロンに10滴、100ガロンにテーブルスプーン1杯の割合でクロロックスを使用すると、泥水の殺菌をしてくれるが、人体への影響はないとされている。これは商品パッケージ上でも説明されているほか、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)でも推奨されている。


こちらはチーズを作ったり、チーズで料理する際に使われる「チーズクロス」。日本では「寒冷紗」と呼ばれ、豆腐を作ったり、出汁をとるときなどに使われる漉し布にあたるが、キメの細かさによってグレード分けされている。こちらも災害時の飲料水が確保できない場合、泥水などを濾す際には欠かせないサバイバルグッズとなる。

アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁・アメリカ地質調査所・ロサンゼルス消防局・アメリカ赤十字社が発表している、今からすぐにできる大地震対策リストをまとめてご紹介しておきます。

家庭に用意しておくもの

– 保存の利く食料・缶詰
– 1人一日当たり1ガロンの水(ペットの分も忘れずに)
– 缶きり
– 寒冷紗・チーズクロス(水を濾すため)
– 軍手・斧・ハンマー・ロープ・ナイフ・カミソリ
– キャンドル・ローソク・防水容器に入れたマッチ
– 紙コップ・プラスチックの食器…

ロサンゼルス在住者ご用心!メキシコ北西の巨大地割れに続き、サンフランシスコでM6.1大地震 – カリフォルニア西海岸に危機迫る!?

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ロサンゼルス在住者ご用心!メキシコ北西の巨大地割れに続き、サンフランシスコでM6.1大地震 – カリフォルニア西海岸に危機迫る!?

2014年8月17日メキシコ北西部ソノラ州の町エルモシヨ近くのハイウェイ26号で、深さ8メートル・長さ800メートルに渡って、巨大な地割れが発生し、上空からドローンで空撮された動画が公開されたが、専門家が調査中も、現時点で原因は不明。

これに続き、ちょうど一週間後の本日2014年8月25日午前3時20分頃、マグニチュード6.1の地震がサンフランシス北方アメリカンキャニオンのナパ郡を襲い、現時点の報道では90人が怪我をした。

Justin Sullivan / Getty Images

震源地はサンフランシスコ北方にある、ワインの産地として有名なナパ郡で、震源の深さは約10キロ。サンフランシスコ市内でも強い揺れが観測された。ニュースでは、ワインショップの棚から無数のワインが落ちて床が赤くなっている様子や、古い建築物の一部が壊れ落ちていたり、窓が割れている様子、さらには一部で発生している火災の様子が映し出され、覚めやらぬ恐怖に声を上ずらせながらインタビューに答える住民たちの様子が流されている。本日の地震は、ベイエリアにおいては1989年に発生してマグニチュード6.9を記録したロマ・プリエタ大地震以来最大の地震となった。

というわけで、「ジャパラマガジン」では、将来ここロサンゼルスで大地震が起きた場合を想定した地震対策をまとめてみましたのでぜひご参考にしてください。

ロサンゼルス在住者が知っておきたい「ロサンゼルス大地震」対策 – クロロックスのブリーチ剤やホイッスル、地震アプリで生き残る

< 関連サイト >
AMERICAN RED CROSS | PREPARE SOCAL
M6.0 – 6km NW of American Canyon, California

デスロウレコード設立者シュグ・ナイトがウエスト・ハリウッドのクラブで数発撃たれる

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デスロウレコード設立者シュグ・ナイトがウエスト・ハリウッドのクラブで数発撃たれる


ヒップホップレーベル「デス・ロウ・レコード」設立者で元最高責任者シュグ・ナイト(写真左)が、本日2014年8月24日午前ウエスト・ハリウッドのナイトクラブで、クリス・ブラウンのホストによって非公式に開催されていたビデオ・ミュージック・アワードのプレパーティで銃撃され、病院に搬送された。ロサンゼルス市警の広報がシュグ・ナイトが被害者の1人であることを認めたが、それ以上の情報は開示していない。

< 関連記事 > 「トゥパック・シャクール最後の言葉」- ヒップホップ史上最悪の事件が起きた夜、最初に事件現場に到着した警官の新たなる告白

ゴシップサイトのTMZによると、場所は「1Oak」で、午前1時30分頃にシュグ・ナイトは何者かによって腕と腹部他に数発の銃弾を受けたが、自分で歩いてナイトクラブを出ると、警察の誘導で救急車に乗ったとのこと。日曜日早朝時点で手術を受け、回復が見込まれている。撃たれたのはシュグを含む計3人だった。

< シュグ・ナイト >カリフォルニア州出身。 1991年にドクター・ドレーと共にデス・ロウを設立。デス・ロウからは2パック、ドクター・ドレー、スヌープ・ドッグなど有名ラッパーを輩出。ストリートギャングのブラッズ出身で、敵対レーベルへの暴行、2パックやノトーリアス・B.I.G.の殺害事件への関与等、黒い噂は絶えない。ショーン・コムズを中心としたバッド・ボーイ・エンターテインメントと敵対関係にあった。1996年9月7日、マイク・タイソンの試合観戦後、何者かに銃撃され同行していた2パックは死亡、シュグ・ナイトも怪我を負った。2005年8月28日にはマイアミのナイトクラブで銃撃された。 2006年4月4日には、レーベルの所有権を含む資産保護のために破産保護申請を行う。(ウィキペディアより)

< 関連記事 >
- 「トゥパック・シャクール最後の言葉」- ヒップホップ史上最悪の事件が起きた夜、最初に事件現場に到着した警官の新たなる告白

「JAPAN LOVE JAY」- DJ MITSU THE BEATS が J・ディラに捧ぐトリビュート盤「CELEBRATION OF JAY」が北米で話題に

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「JAPAN LOVE JAY」- DJ MITSU THE BEATS が J・ディラに捧ぐトリビュート盤「CELEBRATION OF JAY」が北米で話題に

生前最期のアルバムとなった『DONUTS』ストーンズ・スロー)リリース後の2006年2月10日、血栓性血小板減少性紫斑病に伴う心臓停止によって、32歳という若さで他界したトラックメーカー&MCであり、ヒップホップ界の伝説的プロデューサーとなったJ・ディラ。

高校の同級生3人で「SLUM VILLAGE」を結成し、JAY DEE名義でテープによるビート制作を開始。1992年からJAY DEEの才能に目をつけていた元FUNKADELICのキーボーディストAMP FIDDLERを通じ、1994年に制作したデモテープがTRIBE CALLED QUESTのQ-TIPの手に渡ったことを機に、1995年に「1ST DOWN」を結成し、デトロイトで初めてメジャーレーベルと契約したヒップホップグループになる。1996年にはQ-TIPの依頼でTHE PHARCYDEの2NDアルバム『LABCABINCALIFORNIA』に関わり、セカンドカット『RUNNIN’』を大ヒットさせたほか、スパイク・ジョーンズが監督したB面曲『DROP』のPVが反響を呼び、新人プロデューサーとして全米に一躍その名を轟かせた。

その後、THE ROOTSのドラマーQUESTLOVEらと結成したプロダクションチーム「THE SOULQUARIANS」では、ERYKAH BADU、TALIB KWELIほか、数え切れないアーティストたちを手掛けたほか、ロサンゼルスのプロデューサー・MCであるMADLIBとJAYLIBとして活動するなど、米国のみならず世界のヒップホップシーンにおける偉大なプロデューサーとして、生前から現在に至るまで深く崇敬を集める。

死後リリースされたアルバム『JAY LOVE JAPAN』では、イントロで冨田勲をサンプリングしたように親日な一面も見せたJ・ディラ。その伝説的ヒップホッププロデューサーが日本のヒップホップファンへ残した影響も計り知れない。そんな中、現在オーストラリアツアーまっただ中のDJ MITSU THE BEATSが、先日バンドキャンプで、J・ディラに捧げるトリビュートアルバム「CELEBRATION OF JAY」を公開し、米国内の音楽系サイトで紹介されるなど注目を浴びている。下記は、DJ MITSU THE BEATS本人によるコメント。

『初めて聴いたのがどの曲だったのかは覚えてはいませんが、はっきりとその存在を意識したのは”Slum village / Fantastic …

マイルス・デイビスとジョン・レノンがバスケットボールをする激レア映像

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マイルス・デイビスとジョン・レノンがバスケットボールをする激レア映像


マイルス・デイビスジョン・レノンが、こんなにバスケが下手くそだったなんて、誰が想像しえただろう。何枚レコードを出しても、全部大ヒットだったような彼らが、何発シュートを打っても一発も入らない!ジョンのシュート姿なんてまるでオ○マだ。それでも、やっぱりカッコいい二人。

70年代を代表する音楽界のビッグネーム二人にこんな親交があったことも驚きだが、こちらの映像、実はVHSで保存されていたものがすでに何年か前にネット上で公開されていたものの、あまりにも画質が悪く、映像の中で何が起きているのかもわからない状態だった。そのある意味で伝説の動画が、最新技術によってここまで復元されたもの。そこにはこんなに貴重な映像が残されていたというわけだ。

この映像を撮影したのは「アメリカ実験映画のゴッドファーザー」と呼ばれたリトアニア人映画監督のジョナス・メカス。映画『ロストロストロスト』(1976年)、『リトアニアへの旅の追憶』(1972年)、日記映画『As I Was Moving Ahead, Occasionally I Saw Brief Glimpses of Beauty』などで知られ、アンディ・ウォーホール、ニコ、サルバドール・ダリ、ジョン・レノン、オノ・ヨーコらと親交が深かったことでも知られている。日本国内でも今年3月には1969年に公開された彼の代表作『ウォールデン』が公開され、再び注目を浴びている。

撮影されたのは1971年6月。場所は、ビートルズのマネージャーとして名を馳せたアラン・クレインのブロンクスにあった自宅。このパーティには他にリンゴ・スター、アンディ・ウォーホール、アレン・ギンズバーグ、フィル・スペクターらが参加していたと言われている。

マイルス・デイビスが連れている女性は、1971年に公開されたブラック・パワー・ムービーの代表的映画『黒いジャガー(原題:SHAFT・1971年公開)』などに出演していた女優のシェリー・ピーチス・ブリュワー。

ロサンゼルス黄金時代の巨大金鉱山「ビッグ・ホーン・マイン」探検記 – 160年前に一攫千金を夢見た30万人の男たちの軌跡を辿る

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ロサンゼルス黄金時代の巨大金鉱山「ビッグ・ホーン・マイン」探検記 – 160年前に一攫千金を夢見た30万人の男たちの軌跡を辿る

「ゴールドラッシュ」。それは1848年から1850年代にかけてカリフォルニア州で全盛期を迎えた、 一攫千金を狙った30万人にのぼる金探鉱者たちの熱い熱いドラマである。

黄金時代のハイライトを迎えた1849年の採掘者たちは「49ers(フォーティーナイナーズ)」と呼ばれた。カリフォルニア州の山々に初めて金が発見されたことを始めに、アメリカ史の一幕が開かれる。現在、ルート66辺りで営業しているバーやレストランには、それにちなんだ同名の店舗が数多く存在する。

カジュアルファッションとして今日世界中の人々から愛されるデニムジーンズは、激しい採掘作業にも耐えられる強素材のパンツとして、1853年にリーバイ・ストラウス氏によって開発された。これが現在の有名デニムブランド「リーバイス」の起源である。また、アメリカ人の民間食として頻繁に食されているホットドッグやチャイニーズフードなども、ゴールドラッシュに駆けつけたドイツ人と中国人から輸入されたという説もある。

決して長いとはいえないアメリカ史の中で、ゴールドラッシュは当時の人間たちの野心と大願に満ちあふれた、歴史の重要な1ページであるといってよい。一攫千金を目指し、世界中がカリフォルニアへと移動する。貧から富へ、掘り当てれば一発長者。これぞ、アメリカンドリームのルーツではないだろうか。

探そうと思えば、星の数ほどあちこちに存在するカリフォルニアの金鉱山の跡。小さいものから大きなものまで様々だが、実は、ここ大都市ロサンゼルスにも、知る人ぞ知る、探索まで可能な、「ビッグ・ホーン・マイン」と呼ばれた巨大金鉱山があるのだ。

ロサンゼルス黄金時代の宝山「ビッグ・ホーン・マイン」
Photos by Yuki Toy/JAPALA MAGAZINE

ロサンゼルス市内からハイウェイ2に乗り北へ。山奥にひっそりと構えるビッグ・ホーン・マインは、徒歩でのみ到達が可能。あまり知られていないというだけあり、路上の目印や案内を見つけることはできない 。実はこの日、経験者の知人2人がビッグ・ホーン・マインまで案内してくれる予定だったのだが、どちらも直前にドタキャンしてしまったため、未経験者である私と、興味本意でついて来た世界一方向音痴の男性2人で実行することになってしまった。電波もないので、今更携帯で行き方を調べることもできない。たよりになるのは、前日軽い気持ちで観覧した、インターネットの写真とよくわからない手書き地図の記憶のみ。目印のない単なる山を不安な気持ちで黙々と歩き続ける。

1時間半後。まるで清水寺のように崖っぷちに突き出たビッグ・ホーン・マインを発見する。見つからなければ違うルートを探そうと思っていたので、とりあえずほっとした。




ほぼ山頂近くにそびえ立つビッグ・ホーン・マイン。とても静かで、とにかく景色がすばらしい。廃墟地お決まりのスプレー缶落書きが、あちらこちらに現れる。鉄骨は錆だらけで茶色く変色し、木材にはいくつもの釘が飛び出し、不安定でがたがた。足下に気をつけながら、さらに上へと進む。


削った岩、砂利、泥を運び出すための台車が乗せられていたであろう木製の梯子や鉄のレールが、無造作に横たわっている。金鉱口付近には、重たそうな開き扉が取り付けられてあり、金目的の部外者が侵入できないよう、健気にもロック代わりのチェーンも引っかかっている。そして、一番の目的である入り口には、頑丈なゲートが設置されていて、現在は落石などの危険を避けるために閉鎖された状態だ。一般人の探索はここまでとなる。

実は、ビッグ・ホーン・マインには、下部にもう一つの入り口が存在する。そちらも同様にゲートが設置されているが、トタン製パイプの壊された隙間から侵入することが可能で、入る人は本当に入ってしまう。ということで、体を折り曲げ、破れた隙間から潜入開始。

まるで冷房が効いているかのようにひんやりとする金鉱内。歩き始めはいいものの、しばらく進むと中は真っ暗闇となり、懐中電灯を持参しない限り、探索を続けるのは不可能だ。所々に格子や錆びた鉄骨がぶら下がり、底が見えない大きな穴も何度も出現する。本当に気をつけながら歩かないと、永遠にさようならとなってしまうだろう。

金鉱は奥まで何マイルと続いている。過去の親切な探索者たちが入り口までの矢印を壁に書いてくれているので、あまり深く進まない限り迷う心配はなさそうだ。それにしても、これほどピッチ・ブラックな闇を体験することはなかなかない。正直、ものすごく怖くなった。暗闇と無音。あまりの恐怖に、幻覚までもが見えてきそうになる。




100年以上も前に、車も電話もない時代の人々が、こんな高い山の頂上に、こんなに深い穴を何マイルと掘り続けていたとは信じられないほどの迫力。それに比べ、昔の人ってすごいな、と自分の締まりのない脳みそから出る単純で生温い感想。しかし、それどころではない、もうマジで怖くなってきたので、早く出よう。

数ある落書きの中で、閉鎖用ゲート一本の上に面白いものを発見した。「Nature Being Gated Up」、これは「自然が閉鎖されるということ」という意味。そしてその下に、「テロリスト=1、フリーダム=0」と点数らしきものが書かれている。テロリストはこのような自然の場を取り締まる組織、そしてフリーダムは人々のことを表しているのだろう。さらに、その下にはさらに逆の数字が付け加えられているのも見える。

探索の1週間後。今回体を丸めて入り込んだ金鉱の入り口に修整が加えられ、さらに新しくゲートが建てられ、もう完全に人が入れないようになったという情報が入った。

ビッグ・ホーン・マインは、元々一般人にオープンされていたので「絶対立入禁止」の金鉱という訳ではなかった。それが時代の流れにより、いつしか人々を負傷から「守る」ための規制が入る。今後、度胸のある誰かが再びゲートを壊さない限り、血肉の沸き踊るような歴史を感じるアドベンチャーは体験できない。

再び頂上まで上り、木製の足場のふちに座り景色を楽しむ。都会と違い、早々たる変化のない自然という大地 。その昔、一所懸命に金を探していた人々も、同じくこの場に座り、同じ風を感じ、同じ山を見ながら、こうやって休憩時間を過ごしていたのかもしれない。そう思うだけで、100年以上もの歴史距離が一気に縮み、当時の探鉱者たちもすぐ隣でそよ風を楽しんでいるような気がして、胸が熱くなった。

ゴールドラッシュのおかげで西部の開拓が進もうが、今日になって金鉱が閉鎖に陥ろうが、時代はどんどん移り変わる。どっちにしても、全てが良い方向へ、そして誰も傷つかないようにと意識をもっていくことが、できる精一杯のこと。小さいな、自分。

実はこの日、案内してくれるはずだった2人は姿を現さなかったものの、あることをきっかけに素晴らしい出会いがあった。その人物の顔を見た瞬間に、彼の持つ不思議なパワーにすっ飛ばされそうになる。その男性の名は「ミスター・スピリットウルフ」。先住民族である彼が、年に一度の伝統的な行事にわたしたちを招待してくれることになったのだ。

つづく。

ビッグ・ホーン・マインへの行き方

ロサンゼルスから、Angeles Forrest の山道となるAngeles Crest Highway (CA-2)を進む。車を停める場所はVincent …

マイケル・ブラウン事件に抗議 – ラッパーのジェイ・エレクトロニカとNATION OF ISLAM

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マイケル・ブラウン事件に抗議 – ラッパーのジェイ・エレクトロニカとNATION OF ISLAM

出展不明※クリックすると拡大写真を見ることができます

これは、ミズーリ州ファーガソンの黒人少年マイケル・ブラウン射殺事件の翌日、社会派で知られるラッパー のジェイ・テレクトロニカがフェイスブックに掲載した写真。

クリックして拡大するとよく分かるが、二人の黒人が両手を縛られた状態で吊るされ、一人が地面にうつ伏せに横たわっている。顔面が変形するまで暴行されているのが分かる。そして、その周りを(顔が見えているだけでも)30人を越える白人男性たちが囲み、その多くは得意げな顔で笑みを浮かべている。

写真についての年代などの詳細は分からないが、このような黒人に対する人種差別行為が当たり前に行われていた時代があったことが見てとれる。今の時代では少し想像しにくい部分もあるが、かつてヨーロッパ列強各国がアジア諸国を次々と植民地としていった時代に、私たち日本人の祖先が闘ったのも、こうした風習に対してだったという話も十分理解ができる。

そのジェイ・エレクトロニカが、事件以前から使用しているフェイスブックのカバー写真がこちら。「ネーション・オブ・イスラム」のリーダー、イライジャ・ムハマンドの写真だ。写真中央でペチをかぶっている人物がムハマンド。

ネーション・オブ・イスラム
「ネーション・オブ・イスラム」とは、ウォレス・D・ファードが創始した、黒人至上主義を掲げるアフリカ系アメリカ人によるイスラム運動組織。ファード自身は、モロッコ人とも言われるが出自は不明。また伝統的なイスラム教の教義とは大きく異なる。

大恐慌時代の1930年のデトロイトで、自らを「アラーの預言者」と称した行商人ウォレス・ファードは、キリスト教を「奴隷の宗教」と見なし、唯一の神はアラーに他ならず、黒人はアラーの教えに帰依することで白人によって奪われた「歴史」を奪還できると説き回っていました。そのような彼は白人を「悪魔」と呼び、その訴えに共鳴した人びとによって次第に大きな組織に成長していく。

その後、「ネーション・オブ・イスラム」の最高指導者として1930年から40年に渡って活躍したイライジャ・ムハマンドは、白人社会への同化を否定し、黒人の民族的優越を説き、白人社会に対する「十カ条の要求」をまとめた。やがて、マルコムXの入信によって全米に拡大する発展を遂げた同組織は、白人社会だったアメリカのメディアによって過激派・分離主義者として扱われる。

その後、ムハマンドとの不和からマルコムXは組織から追放された後、同団体によって暗殺され、1975年にムハマンドが死去すると、息子のワリス・ディーン・ムハンマドが同組織を継承するが、ワリスは黒人分離主義を廃止し、合衆国への忠誠を説くなど穏健化し、2003年に同組織は解散。一方でイライジャの思想を受け継いだルイス・ファラカーンが分派を結成し、1995年にはワシントンD.C.で大デモ活動「百万人大行進」を行い、現在も活動を続けている。

ネーション・オブ・イスラム 十カ条の要求
1. 自由を要求する。完全で何一つ欠けることのない自由を要求する。

2. 正義を要求する。正義に則った法の下での平等な裁きと、信条や肌の色に関係のない、平等な正義を要求する。

3. 機会の平等を要求する。この最も文明の進んだ社会に、平等な資格で参加できることを要求する。

4. 曾祖父・曾祖母が奴隷の子孫である同胞が、アメリカ大陸か、さもなくば他の地に、分離した独立国家を建設できる土地を要求する。奴隷主の子孫たちは、肥沃で鉱物資源も豊かな土地を、われわれに割譲する責務がある。さらに彼らには、われわれが自給自足できるようになるまでの少なくとも20年間から25年間、分離したわれわれの国家に援助をする責務がある。

5. 現在連邦政府管理下の監獄に収容されているイスラーム信徒の解放を要求する。南部のみならず北部でさえも、おびただしい数の死刑囚の解放を要求する。

6. いわゆるニグロに対する警察官の暴力や暴徒の攻撃の即時停止を要求する。

7. 独立国家の建設が許されないならば、合州国の法の正義が平等に適用されることと雇用における平等を同時に要求する。

8. 法が正義に基づいて平等に適用されないならば、われわれを課税から免除することを要求する。

9. 教育機会の平等を要求する。それは人種別・性別分離した教育であり、男性は16歳、女性は18歳まで、女性は女性だけの大学に進学させねばならない。

10. 異人種間結婚や人種が混淆することは禁止されねばならない。

ジェイ・エレクトロニカ

イライジャ・ムハマンドを信奉するジェイ・エレクトロニカは、クラレンス13Xによって1964年にニューヨークのハーレム地区で結成された「ネーション・オブ・イスラム」の分派である「ファイブ・パーセント・ネーション FIVE-PERCENT NATION(ネーション・オブ・ゴッド・アンド・アース NATION…
ロビン・ウィリアムズ最期のツイートと、任天堂ゲーム『ゼルダの伝説』との深い関係

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ロビン・ウィリアムズ最期のツイートと、任天堂ゲーム『ゼルダの伝説』との深い関係


Robbin Williams / Instagram

「ハッピーバースデー ミス・ゼルダ・レイ・ウィリアムズ!今日で25歳になるけど、いつまでも、ボクのベイビーガールだよ。誕生日おめでとう、ゼルダ。愛してるよ!」

本日、自らの命を絶って亡くなったとされる俳優のロビン・ウィリアムズさん(63歳)が、10日前の7月31日、娘のゼルダさんの25歳の誕生日に、彼女に宛てたインスタグラムの投稿。その三行のバースデーメッセージが、幼いゼルダさんを抱いた彼が微笑む写真とともに掲載されている。そして、これがロビン・ウィリアムズさんの最期のツイートである。

現時点で、ロビンさんが死を選んだ理由は不明とされているが、ロビンさんは、ゼルダさんの母親であるマーシャ・グレースさんとは、1989年4月30日に結婚し、2008年3月に「和解し難い不和」を理由に離婚している。ロビンさんがインスタグラムでゼルダさんにメッセージを送った日、ゼルダさんは「明日で25歳よ。(中略)ありがとうママ!」と母親にメッセージを送っているものの、父親のロビンさんに返事をしていた形跡はインスタグラムやツイッター上では見られなかった。

こちらが現在のゼルダさん。15歳で父親と共演した『最高のともだち House of D』で女優としてデビュー後、現在も女優業を続けている。デビュー後はロサンゼルスに住んでいた彼女だが、現在は故郷であるサンフランシスコに在住。2007年には『ピープルマガジン』の最も美しい人々100人に選ばれている。

そして、なんと彼女の名前「ゼルダ」は、ロビン・ウィリアムズさんが大好きだったという任天堂のゲーム『ゼルダの伝説』のゼルダ姫からネーミングしたのものなのだ。2011年6月に、任天堂3DSの『ゼルダの伝説 時のオカリナ 3D』のCMに出演した際に、そのいきさつを語る父と娘の動画がこちら。

「私がママのお腹にいたころ、パパとママが二人で『ゼルダの伝説』をやってたの。」「小さいころはゼルダっていう名前でからかわれるのがイヤで、18歳になったら名前を変えたいってママに話してたんだけど、大きくなったら、みんながクールな名前だっていうから、だんだん好きになっちゃったの。」と話すゼルダさん。ロビンがゼルダに言う「マリオやルイージじゃなくてラッキーだっただろ。ピーチ姫だったら可愛そうだっただろうね。(※ピーチは米俗語で別の意味があるため)」と、その後は仲良く『ゼルダの伝説』をプレイする二人。なんとも微笑ましい姿ではないでしょうか。

ゼルダさんが今から30分ほど前に、天国にいるお父さんのロビン・ウィリアムズさんに宛てたツイートがこちら 『星の王子さま』のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの言葉に続けて、一行のメッセージが添えられている。

“You – you alone will have the stars as no one else has them…In one of the…
スタンリー・キューブリックがダメ出ししたソール・バスの『シャイニング』ポスター案

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スタンリー・キューブリックがダメ出ししたソール・バスの『シャイニング』ポスター案

©1980 Warner Bros. Entertainment / The Shining

スタンリー・キューブリック監督 + ジャック・ニコルソン主演のサスペンスホラーの映画『シャイニング The Shining (1980)』が、来年、公開から35周年を迎える。当時「REDRUM(レッドラム)」という言葉を大流行させ、一大センセーショナルを巻き起こしたホラー映画の生みの親である監督のキューブリックは、自身の制作する映画の宣伝までを自ら手掛けることで知られる。

本作において、キューブリックが、そのポスターのデザインを依頼したのは、あのグラフィックアーティストの巨匠ソール・バス。ヒッチコック監督の『めまい』や『荒野の七人』『ウェスト・サイド・ストーリー』のポスターのほか、AT&Tやユナイテッド航空、ワーナーコミュニケーションズ、クリネックスのような誰もが知っているアメリカの大企業のマークをはじめ、味の素、紀文食品など日本企業のマークまで、今日に至るまで彼の作品は幅広く知られている。

そのソール・バスが、『シャイニング』のポスターのラフスケッチ5枚を提案した際に、キューブリックに宛てた手紙がこちら。


ラフスケッチ5枚ともに自信を見せるソール。そのどれもが映画を印象付けるために、力強く効果的なものであり、その理由付けもあることを強調しながら、1番目が、刺激的で恐ろしくて感情的であるとして、最も強く推している。またバスの周囲のひとたちをはじめ、製作過程を確認しに来た映画プロデューサーのシド・ガニスも同じ意見だったことを付け加え、手紙の最後でキューブリックの意見を聞いている。

そして、ここからキューブリックの強烈なダメ出しがはじまる。


「なんだかSF映画みたいじゃないか。タイトルも読めないな。こんなに大きく書いてあるのにさ。」


「手と三輪車なんて、(この映画には)見当違い過ぎるね。タイトルも小さすぎる。これじゃあペンのインクが足りなかったみたいじゃないか。」


「この絵が好きじゃないな。ホテルが変だよ。それに絵の面積が無駄に広過ぎる。もっとコンパクトな方がいい。タイトルも読めない。ロゴに点を使うのは好きじゃない。」


「迷宮と登場人物はやり過ぎじゃないか。ポスターに迷宮を出すべきじゃないな。」


「迷宮が抽象的過ぎるし、迷宮を主張しすぎだ。」

そして最終的にキューブリックがOKしたバスによる『シャイニング』ポスターのデザインがこちら。「T」の字の中には暗闇に浮かび上がるような子供の顔が点で描かれ、タイトルは黒のベタ塗り。いかにも70年代デザインらしい、ソール・バスらしい作品に仕上がっている。バスはこの最終バージョンに至るまでにキューブリックに300案提出したと言われている。

ところが最終的にワーナーブラザース映画が正式に採用したのが下記の有名なポスター。斧でドアをブチ破ったあとにその裂け目から覗き込むジャック・ニコルソンと、恐怖に慄くシェリー・デュヴァル。こちらはいかにも80年初期らしいデザインだが、映画の内容をポスター上で見せないというキューブリックのアイデアは受け入れられず、上記のソールによる6つのバージョンは1980年の公開当時にはすべて却下されてしまったという。

これらの廃案となったソール・バスの広告案は、2012年から2013年にかけてLACMAで開催された「スタンリー・キューブリック展」で展示された。

< 参照記事 >
See The Posters Stanley Kubrick

L.A.で話題のアメリカンアパレル広告 – 部屋に飾れるアメアパポスター – AMERICAN APPAREL ADS

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L.A.で話題のアメリカンアパレル広告 – 部屋に飾れるアメアパポスター – AMERICAN APPAREL ADS

Made in USA. 2014

アメリカンアパレルと言えば、広告写真の撮影には、ファッションフォトグラファーのテリー・リチャードソンを起用し、モデルには主に従業員を採用した広告が知られていますが、こちらにご紹介するのは、アメリカンアパレルの代表的な広告の中から、ジャパラマガジンが選んだ10数枚。意外と部屋に飾ってあっても可愛いかもしれませんね。

(2011)

Late nights with American Apparel. (2012)

Summer Meltdown (2012)

LIP GLOSS (2011)

2014

2014

2014

The Skater Dress. 2014

以上、いかがでしたか? お気に入りのアメアパ広告はありましたか?ここに取り上げたのはほんの一部ですので、もっとたくさんご覧になりたい方は、アメリカンアパレル公式ウェブサイトの広告ギャラリーページへどうぞ。最後に皆様へ質問。…

UCLA大洪水の犠牲になった車 責任は誰に?

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UCLA大洪水の犠牲になった車 責任は誰に?

Photos: Benjamin Brayfield / KPCCLA TIMES

先日発生したUCLAの大洪水事故で、キャンパス内のパーキングに駐車されていた車約1,000台が水没被害を受けた。学校側は、被害にあった学生のために保険の査定業者を手配しているが、多くの学生が今回の被害をカバーする保険には加入していない。うち400台が廃車になると見られているが、フルカバーされる可能性は極めて低いと見られている。中には家族で使いまわしていたファミリーカーを失う学生も少なくなく、被害が大きかった学生たちほど大きく落胆しているようだ。

今回の事故は学校および学生側にまったく落ち度がないことから、UCLA側は、すべての責任を水道局(DWP)が負担するべきとしており、水道局側がこれを受け入れるかどうかが焦点となっている。同時に学校側は、被害を受けている学生と教員のサポートおよび学校施設の修理のため、約1億円を目標にした募金キャンペーンを実施している。

< 関連記事 >
耐震対策ゼロシティ・ロサンゼルス – 1921年製の古い水道管が破裂 UCLA周辺大洪水!!
UCLA水道管破裂の原因は大きな○○○?ニセ者の水道局員がABC7ニュースにイタズラ電話で生出演 仰天発言にキャスターら騙され唖然

エノラゲイ最後の生存者セオドア・バンカークの言葉と『GODZILLA ゴジラ』ギャレス・エドワーズ監督参加のBBC広島原爆投下映像

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エノラゲイ最後の生存者セオドア・バンカークの言葉と『GODZILLA ゴジラ』ギャレス・エドワーズ監督参加のBBC広島原爆投下映像



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今から69年前の今日1945年8月6日。B-29が広島に原爆を投下し、14万人が死亡。続く8月9日、長崎にも原爆が投下され8万人が死亡。この2日だけで少なくとも22万人の日本人が原爆によってこの世を去りました。

当時のアメリカ大統領ハリー・S・トルーマンの命を受けて、その原子爆弾、通称”リトルボーイ”(コードネーム。長崎に投下されたものが”ファットマン”。 4枚目写真・右)の投下を実行したB-29爆撃機通称「エノラゲイ」の乗組員だった12人のうち最後のひとりが、先月7月28日に亡くなりました。彼の名前はセオドア・バンカーク。享年93歳。AP通信が2005年にバンカーク氏に取材をした際の同氏のコメント(要約)がこちら。

「長い目で見れば、原子爆弾の使用が、多くの生命を救ったと素直に信じている。原爆投下によって救われた命のほとんどは日本人だったはずだ。だが、あの戦争は、何も解決しなかった。核兵器は何も解決しなかった。個人的には、核爆弾なんてこの世になければ良かったと思っている。すべての核爆弾がこの世界から消えてしまえばいいのだ。でも、もしも、誰かが核爆弾を持つのであれば、わたしはその敵よりも、ひとつだけ多く核爆弾を持ちたいと思う。」

原爆投下についてはアメリカ国内でも今日に至るまでその賛否が議論され続けていますが、バンカーク氏らを含めたエノラゲイの乗組員たち12人は「英雄」とされています。そのセオドア・バンカーク氏が、先月28日ジョージア州アトランタ近郊の高齢者施設で老衰によって生涯を終え、本日8月5日に葬儀が行われました。広島・長崎への原爆投下から来年で70周年を向かえますが、人類史上初の核攻撃を実行した12人の生き証人のすべてが他界したことになります。

生きている証人全員がこの世からいなくなった今、それでも原爆投下は決して風化されてはならないできごとであり、どんな形でも後世に伝えていかなければならないことでしょう。筆者は高校一年生の頃に、特別授業で、今村昌平監督の映画「黒い雨(1989年)」を見せられたのちに、修学旅行で、広島・長崎・沖縄を訪ねています。そのときに見たもの、学んだことが、今でも印象に残っていますが、日本人自身がそうした教育を通じて学ぶと同時に、もっと広く世界に伝える必要性を強く感じます。

最新のハリウッド映画でもよく見かける光景ですが、主人公が核弾頭をめぐってテロリストと対決の末、命からがら核弾頭を港近くの海に投げ捨て、海中で爆発して助かるといった場面が頻繁に登場しますが、ほとんどの例で放射能被害などは無視されている。おそらくハリウッドは核爆弾を大きな爆弾だとしか思っていないのでしょう。こうした核兵器に対する誤った認識は、広島・長崎の原爆の被害が、いかに世界で、とりわけ原爆投下を実施した当該国である米国で、正確に知られていないかを顕著に表しているものであって、とても残念に思います。そんなハリウッドを非難することもできますが、私たち日本人自らがもっと世界に発信していくべきなのではないかとも思います。なぜなら原爆を経験しているのは、私たち日本人だけなのですから。

こちらにご紹介するのは、ジャパラマガジンでも以前ご紹介させていただいた2005年公開のBBC WORLDのドキュメンタリー番組「HIROSHIMA」。YOUTUBEにアップロードされているその原爆投下シーンの閲覧数は、世界中で360万を超えています。ここで描かれている広島の街並みは、日本人の私たちからするとちょっと滑稽ですが、実は、この作品のビジュアルエフェクトを担当したのが映画『GODZILLA ゴジラ』監督のギャレス・エドワーズさん。

映画『GODZILLA ゴジラ』をご覧になった方なら、この映像の広島の街並みがジャンジラ村によく似ていることがお分かりだと思います。日本人の私たちからすると、おかしな点もあるものの、原爆投下を再現する映像としては、貴重な作品のひとつと言えるのではないでしょうか。

< 参照記事 >
Last Crew Member of Enola Gay Dies in Georgia

< 関連記事 >
ジャパラ終戦記念スペシャル – 広島・長崎原爆投下

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』鑑賞報告 – 現代版スターウォーズの幕開けか!?

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『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』鑑賞報告 – 現代版スターウォーズの幕開けか!?


マーベル・スタジオズ待望の最新作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』、公開日前夜の7月31日(木)夜、早速見てきました。ウォルト・ディズニー配給のマーベルコミック映画は、2012年公開の『アベンジャーズ』以来、『アイアンマン3』『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』と全米興行記録更新の快挙続きですが、今回の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は、他のマーベル作品に比較して原作があまり知られていないため、映画化する際にはマーベル・スタジオズ内部でも心配の声があがっていたという話もあったといいます。それにもかかわらず、ふたを開けてみれば初登場全米第一位、週末3日間で9400万ドル(約97億円)を売り上げ、2014年興行成績第一位の『トランスフォーマー』、二位の『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』に続いて本年度第三位の快挙。年間を通して低調だと言われる8月の公開作品としては歴代一位を記録するという好スタートを切りました。

今回、同作品を鑑賞させていただいたロサンゼルス・ダウンタウンの映画館リージェンシーシアターには、子連れのファミリーもいれば、若いカップルや男友達グループまで見られ、客層はかなり幅広い印象。館内も、最近見た映画の中では「ゴジラ GODZILLA」以来の超満員で、観客のざわつき感は、ちょっとしたお祭り状態でした。

※以下、ストーリーのネタバレはしませんが、起用されている曲や小道具、オマケ映像について若干のネタバレあり。

いざ映画が始まってみると、期待を裏切らない面白さ。とにかくカッコいいし、楽しいし、ノリがいいっ!明らかに、これまでのマーベル作品にはない新たなヴァイブに満ち、笑って泣けて大興奮の2時間があっという間に過ぎると、最後は拍手喝采。もしかしたら、1977年に、はじめて映画「スターウォーズ」を見た観客たちの興奮って、きっとこういう感じだったんじゃないかと思えるような満足感。

© 2013 – Marvel Studios / © LucasFilm.Ltd

そうなんです。予告編やポスターなどのビジュアルを見れば一目瞭然ではありますが、やはり『スターウォーズ』感が満載。監督本人も「スターウォーズ」や「インディ・ジョーンズ」「バックトゥ・ザ・フューチャー」といった70年代・80年代のアドベンチャー映画を見て育ち、その影響を受けていることを公言していただけのことはある。そこには、ミレニアム・ファルコン号を操りながらコミカルなやり取りをするハン・ソロとチューバッカや、危機に直面しながらポンコツ漫才で笑わせてくれるC-3POとR2-D2のような『スターウォーズ』のコメディ的要素がふんだんに取り込まれ、間抜けで笑えるシーンが多いけど、見せるところは徹底的にカッコよく見せる。チームワークが良いのか悪いのか、間抜けな凸凹5人組(5匹?)が滅茶苦茶強いのが気持ちいい。可愛いはずのアライグマが、生意気な口を叩いてはマシンガンをぶっ放すように、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の魅力はこの間抜けさとカッコよさのギャップにある。

ただ、これまでのマーベルコミック作品に比べると、子供向けというよりも、1970年生まれのジェームズ・ガン監督と同じアラファー世代を中心にオトナ向けに作られた作品という印象が強い感じがしました。盛りだくさんのジョークも、Fワードがらみの大人向けなものが多数見受けられるほか、1979年7月1日に発売されたソニーの初代ウォークマン(TPS-L2)や、60年代~70年代にかけて人気を博したトロールドールなど懐かしグッズが次々に登場。

また母親が少年期の主人公に授けた「(ママの)イケてるミックステープ VOL.1(AWESOME MIXTAPE VOL.1)」の音楽たちが映画の中で効果的かつ重要な役割を果たすのもアイデアとして非常に面白いところ。「ここであの曲が流れるか」「うわ~懐かしい」と、まるで70年代・80年代のディスコでDJによる選曲を楽しめるようなグルーヴ感に、心もカラダも踊るわけです。

70年代のソウルやロックなどの音楽が好きでもない限り、これを自然に喜べるのは確実にアラフォー以上の世代でしょうが、こんな風に世代を遡って、昔の映画や音楽から良いところをサンプリングして繋ぎ合わせ、新しい作品として次の世代へ届けるという点では、アクションアドベンチャー版『パルプフィクション』とも言えるかもしれない。

ちなみに主題歌ともなっている曲はスウェーデン出身のロックバンド、ブルー・スウェードの『HOOKED ON A FEELING』。日本では「ウガ・チャカ」として知られ、クエンティン・タランティーノが監督した映画「レザボア・ドッグス」でもBGMに使われた曲。

そして知っておかなきゃ楽しめないのがこれ。1984年に公開されて大ヒットをしたケビン・ベーコン主演の映画『フットルース』。

この他にも、10CCの「I’m Not in Love」Redboneの「Come and Get

シルバーレイクの謎「5ドル男」の秘密に迫る – FIVE DOLLAR GUY 直撃インタビュー

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シルバーレイクの謎「5ドル男」の秘密に迫る – FIVE DOLLAR GUY 直撃インタビュー

シルバーレイク(※)のパーティに行くと、必ずと言っていいほど出現する風変わりなおじさんがいる。ヒップな若者に混じり、一人目立ちまくっているこの派手な中年男性は、ビール片手に全身蛍光ピンク、時にはピンプっぽい大げさなスーツに身を包み、はじける若者の間を行ったり来たり。 どう見てもその他とのジェネレーションギャップが気になる存在だが、ものすごくおしゃべりで、いつもみんなと楽しそうに談笑している。そして、この不思議な中年が自分たちの中に紛れて込んでいることを、特別誰も気に留めていないようだ。それにしても、強烈な存在感のこの男性、気になって仕方がない。

※ イースト・ハリウッドの東、ロスフェリスの東南に隣接する、ヒップな若者に人気のレストランやクラブが集まり、ライアン・ゴズリング、ジェームズ・フランコ、キルスティン・ダンスト、トビー・マグワイア、ドリュー・バリュモア、オリヴィア・ワイルドなど多くのセレブリティが出没することでも知られるオーガニックな街


Photos by Yuki Toy/JAPALA MAGAZINE

あのおじさんは誰かと尋ねる。「あれはファイブ・ダラー・ガイだよ」。この人、どうやら周りからは『5ドル男』と呼ばれているおなじみの人物のようだ。

シルバーレイクに住んでいる人なら、彼を街中で見たことがある人も多いかもしれない。ファイブ・ダラー・ガイことエディー・スパゲッティ氏は、この街ではちょっとした有名人である。実際に昼間街中で会ってみると、彼の人脈の広さに気がつく。エディー、エディーと、多くの若者から親しく声をかけられ、一緒に歩いていると、見知らぬ人も彼の写メを撮りたがる。外見に負けず劣らず、ファンキーな人生を歩んでいるシルバーレイクの愛すべき顔。これを機にMr.ファイブ・ダラー・ガイと、もっとお近づきになろうではないか。

Yuki:ファイブ・ダラー・ガイさん、元気だった?

ファイブ・ダラー・ガイ(以下、$5G):元気だよ。君は?

Yuki:元気。私のこと、覚えてる?

$5G:いいや。でも、お花を持ってきたよ。

Yuki:ありがとう。優しいね。

$5G:あと、仕事道具とかも持ってきたんだ。

Yuki:これ、洗濯物を干すやつじゃん。

$5G:これは、キャンサー(癌)・シャンデリアだよ。こうやって、煙草を挟んで飾るのさ。これを5ドルで売るんだ。

Yuki:5ドル?だからファイブ・ダラー・ガイって呼ばれているの?

$5G:そうだよ。僕は色々な商品を5ドルで売る仕事をしているんだ。この木箱とか、仮装マスクとか、奇麗な物ばかりでしょう?

Yuki:本当だね。商品はどこで手に入れているの?

$5G:ゴミ箱。15年くらいこの仕事をしているんだ。これらはね、ゴミなんかじゃない。リサイクル品だよ。この前、ジフィー・ルーブ(車のオイル交換及び修理屋)のオイル交換の券をたくさん見つけたんだ。店先に立って、1枚5ドルで売る。 短時間で95ドル稼いだ。

Yuki:

『東京喰種トーキョーグール』ファン制作のカネキマスクが悪夢のようだと海外で話題に

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『東京喰種トーキョーグール』ファン制作のカネキマスクが悪夢のようだと海外で話題に

Photo Courtesy of AKAPYON / Tumblr

人間世界に紛れ込み、人を喰らう正体不明の怪人・喰種(グール)が蔓延る東京。ある青年「カネキ」は喰種に襲われ瀕死となるが、喰種の臓器を移植されたことで、半喰種となってしまう。それ以来、カネキは苦悩と恐怖に満ちた日々を送ることになる。

現代の東京を舞台に、人の姿をしながら人肉を喰らうことで生きる怪人達・喰種(グール)をテーマとした石田スイによる日本の漫画『東京喰種トーキョーグール』。その主人公である金木研(かねきけん・カネキ)のマスクを、日本人のファンAKAPYONさんが自主制作して、先日7月28日にマイクロブログサービスTUMBLR(タンブラー)にアップしたところ、その完成度の高さとグロテスクぶりが海外で話題を呼んでいる。

「変態なオレが、ギンプマスクに驚くことはないけど、笑う歯がついてるだけで、むちゃくちゃおっかねえぇよ。」「悪夢のようなマスクだな」「なんのコスプレなの?」「オーマイガーッ!これ欲しいっ!」「日本がまたクレイジーなものを作ったぞ」

などなど。アート系のサイトで紹介されているので、コメントをしているひとたちのほとんどが原作マンガの存在を知らないようだが、これを機に原作マンガ・アニメを知らない層への人気も加速するのか。日本では東京MX(東京メトロポリタンテレビジョン)にて2014年7月からアニメの放映が開始。アメリカでは『進撃の巨人』を放映するファニメーションが『東京喰種トーキョーグール』の北米ライセンスを獲得し、7月からスタート。

Tokyo Ghoul @ FUNimation
東京喰種-トーキョーグール- – 週刊ヤングジャンプ公式サイト
TVアニメ『東京喰種トーキョーグール』公式サイト

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『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』北米版 第1~13話 収録